第12話:王家の神絵師と出会いました。

 「あの野郎、許しませんわ……あの澄ましたツラを私たちの原稿にして、ツヤベタテカテカにしてさしあげますわ……」


 その日の夕方、私は学園の食堂でケーキを10皿平らげながら、ルードヴィヒへの恨みつらみを語っていた。話を聞いたリデルとハンスは、私の愚痴を困った表情で聞いていた。


「たしかにルードヴィヒ様って、面倒なことは嫌いそうでしたけど……」


「ここまで即座に断られるとは思いませんでしたね……」


 早速アシスタント捜しは振り出しに戻ってしまった。溜息をついた時、食堂の入口で二人組の男女がこちらを見ながら何か話しているのが見えた。


「ほら、ほらエンデ。あれじゃないかい。あの三人組! 白い髪の子もいるしさ」


「ん……。そうかもね」


「じゃあ、ボサッとしていないで行くよ!」


 男女二人組は私たちの傍までやってきた。男性は灰色の髪をした物静かな美青年だった。女性は、スタイルが良くてハキハキした印象の美少女だ。

 男性は見覚えがある。攻略対象の一人、エンデ・フィルズィヒだ。もう片方の女性もゲーム内で見覚えがあったが、名前が出てこない。たしか、有名人だった。

 私の隣ではリデルが二人の顔を見て真っ青になっていた。すると、女性が私たちに話しかけてきた。


「やあ。君たちがゲルダさんとリデルさんで合ってる?」


「間違いないですわ。私たちにご用ですの?」


「そうだよ。あ、自己紹介がまだだったね。あたくしはモモ・アウリナ・バスティーア。エンデの婚約者で、この世界の第一王女だ。よろしくね」


 第一王女。その言葉に私は唖然としていると、リデルが小さく耳打ちした。


「モモ様は、エンデさんルートのライバルキャラですよ」


 朧気ながら、元のゲームのエンデルートについて思い出してきた。たしかヒロインとエンデが惹かれ合っていることに気づいたモモ王女は、ヒロインがエンデに相応しいか試すために、様々な試練を与えていた。


「す、すごいお方じゃないですの。そんな方が、どうして私たちのところに?」


「うーん、なんかさ。君たちを手伝ってくれって頼まれたんだよ。な、エンデ。そうなんだろう?」


エンデは管楽器のように澄んだ声でぼそりと呟いた。


「うん……まあ。ルードヴィヒがさ、君たちがなんか作るらしいから……手伝えって」


 どうやらルードヴィヒは自分が逃げるためにエンデとモモに手伝いを押し付けてきたようだ。エンデはハンスの顔を見ると、ぼそりと呟いた。


「ハンス。君も手伝っているんだね……意外」


「はは……そうは言っても、僕は絵が上手くないので、この件に関してはあまりお役に立てませんけどね」


「ふぅん……。でも、君はいつも執事の仕事を完璧にこなしてるだろ。たまには休憩するくらいで丁度いいよ」


 私は二人のやりとりを見て問いかけた。


「二人はいつの間にお友達になってましたの?」


「初回の授業の時ですよ。ほら、二人組を作りましたよね。あの時、僕はエンデさんと組んだんです」


 あの時はハンスもエンデも大勢の女子生徒に囲まれていた。たしかに人気者同士組んでしまえば、女子達の無益な争いを招かずに済む。


「人に囲まれるの嫌い……だから、助かったよ」


 エンデはボソリと呟いた。私が見ていないところで、ハンスも交友関係を広げていたようだ。


「ところでさ、一体何を作るつもりなんだい?」


 モモが目を輝かせながら尋ねてきた。まさかアシスタント第一号として王女様がやってくるとは、さすがの私も予想していなかった。





 早速、私とリデルは寮の部屋にモモとエンデを案内した。リデルは父に見せた漫画を二人にも見せた。真っ先にモモは一際目をきらきらさせながら、舐めるように漫画を読み始めた。


「うぉ、なにこれスゴイ! リデルさんは絵が上手いんだねえ!」


「あ、ありがとうございます……」


「絵にセリフを入れて物語を表現してるのかあ! イイじゃんイイじゃん! あたくしも手伝ったげる!」


「え、ほんとですか!?」


 私も驚いた。まさか王女様からこれほど早く了承が得られるとは思わなかった。私はそろそろとエンデの傍に近寄り、こっそり話しかけた。


「あの、エンデさん? 私たち、王女様にアシスタントをさせた罪で捕まったりしませんわよね?」


「だいじょぶ……多分。本人がやる気だし。モモは、絵、上手いし」


「そうなんですの?」


「うん。ねえ、モモ。絵を描くのを手伝うなら、モモがどれくらい描けるのか見せてあげなよ」


 エンデがそう言うと、モモは胸を張ってどこからともなく木炭とクロッキー帳を取り出した。


「たしかにね! んじゃあ、ちょっとあそこの校舎でも描いてみようかな」


 モモは学園の校舎と付近の木々を描き始めた。まずは鉛筆のように尖らせた木炭で、校舎に落ちる影や木々の色を塗るところから始まった。全体像がぼんやりと見えてきたところで、細かい窓や枝葉を描いていく。最後に校舎の輪郭線を真っ直ぐに整え、学園の風景画が完成した。


「すごい……!」


 私とリデルは息を呑んだ。


「地から神絵師が沸いて……いえ、王族から神絵師が降臨してきましたわ! ロイヤル神絵師ですわ! すごいですわ!」


「いやぁー。よくわかんないけど、すっごく褒めてくれてることはわかった! えっへん、これでもあたくし、王立芸術アカデミーのコンクールにこっそり作品を出展して入賞したことだってあるんだよ。後で王女だってバレて父上に怒られちゃったけどな」


 モモ王女の実力なら、どのような背景でも軽々と描いてみせるだろう。まさかの王女様と攻略対象の参戦には驚いたが、これは思わぬ幸運だ。


「ぜひぜひ、お手伝いをお願いしますわ! あ、勿論お礼もいたしますわよ!」


「よーし。じゃあ、ゲルダって読んでいい? あなたも、リデルって呼ばせて。あたくしのことは、モモでいいから!」


「え、そんな。王女様なのに、いいんですの?」


「いーのいーの。あんまり堅苦しくされても面白くないからさ」


 モモは非常に活発で社交的な人だった。一方で、エンデは寡黙で少しマイペースなところがある。正反対な二人だが、不思議と相性は良いようだった。


「おーい、エンデ。君も手伝うんだろ? こっちにおいでよ。どういうことをすればいいのか、ちゃんと聞いておかないと」


「わかってるけど……俺はモモみたいに絵は上手くないよ」


「まあ、君は絵よりも音楽のほうが得意だもんな。でも別に下手でもないだろう? 試しに何か描いてみなよ」


 そこで、エンデにはハンスの時と同じように猫を描いてもらった。しばらくして、丸くて毛がふさふさした猫の絵が出来上がった。


「ふつうに上手いじゃないですの」


「はい。かわいいと思います」


「私より絵師レベルは上かもしれませんわ」


 私とリデルがそう言うと、モモがエンデの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「なー、言ったろ? さっすが、あたくしの婚約者!」


「モモ、うるさい……重い……」


エンデは文句を言いながらも大人しく頭を撫でられていた。まるで猫と飼い主のような関係だった。


「で、要するにあたくしたちは、マンガを描くのを手伝えばいいんだよね? じゃあ早速始めようよ。どのへん描けばいい?」


「意気込みはありがたいのですけど、実際手伝ってもらうのはもう少し先になると思いますわ。プロットもネームもこれから作るとこですし、まだお父様から指摘された問題点も改善できてませんし……」


「問題点? なにそれ」


 モモは首を傾げた。私は父に漫画を見せた時のことをモモたちにも話した。この世界の人々がまだ漫画という媒体に慣れていないことや、書店で漫画を売り出しても手に取る人が限られること。自分で話しているだけでも溜息が出そうだった。


「漫画はまだ世に知られていないものですから人々が慣れていないのは当たり前ですし、書物は書店で売るものですから、書店に来た人しか手にしないのも当たり前ですし……」


「うーん、そのへんのことはあたくしもどうすればいいかわからないなあ。あ、でもこの漫画ってやつさ。第四地区で使われてるっていう『絵物語』に近いのかもね」


「絵物語」──たしか父の話にもその言葉が出てきた。


「『絵物語』ってなんですの?」


「それはあたくしもよくわかんないんだよな。芸術家たちの噂話でちらっと聞いただけでさ。なんか第四地区の貧困層の間では身近に使われてるだとか言ってたけど……クオリティは低いし芸術的価値は無い。ただの落書き! って言われて、芸術家の間では評価されてなかったな」


「へえ……そういえば私、第四地区のことって何も知りませんわ」


 元のゲームでも、第四地区のことはほとんど触れられていなかった。私が知っていることは、せいぜい「この世界は第一から第四までの四つの地区に分かれている」ということだけだ。


「あたくしもー。行く機会無いもんねえ。遠いし。あっ、そーだ!」


 モモはパチンと手を叩いた。


「じゃあ今度一緒に第四地区まで行って、実際に『絵物語』を見てみようよ! 」


「たしかに、何かのヒントになるかもしれませんわね……」


「だろ? あたくしもさー、『絵物語』の他にも見てみたいものがあるんだよ。ストリートアートってのが、第三・第四地区では流行ってるらしいよ! 気になるぅー!」


 私達が第四地区に出かける計画を立てようとしたところ、リデルが突然「ええっ」と声をあげた。


「だ、第四地区に王女様が行っていいんですか!? ゲルダも、なんだかんだで侯爵令嬢じゃないですか! 危険ですよ!」


「そうなんですの? 人々も普通に暮らしてると聞きましたけど……」


「人々が暮らしてるからといって治安が良いとは限らないんですよ。第四地区は犯罪行為当たり前の修羅の地域です。隠れてエネミー処理するのがめんどくさくてめんどくさくて」


「エネミーとか言わない」


 そう言った矢先にリデルは頭を抑えた。エンデがいるというのに、勢いでエネミーって言うから……。私がリデルを椅子に座らせて休ませていると、エンデが急に部屋から出ていこうとした。


「どこに行きますの?」


「……ハンスと相談してくる。治安の悪い場所に行くなら、護衛と、護衛用の装備がいる。だろ?」


「そうですけど……」


「うちからも、何人か護衛を連れてく。ゲルダさんところも誰か……まあ、ハンスがやるのかな。とにかく、両方から護衛を出せば、なんとかなるんじゃないかな」


 エンデはモモの瞳を見つめて問いかけた。


「モモ。行きたいんだろ?」


モモは瞳をきらきらさせながら嬉しそうに微笑んだ。


「うんっ! ありがと。エンデ大好き!」


 エンデはモモに微笑み返して、部屋を出ていった。仲の良い二人の様子を見つめながら、リデルがぽつりと


「本当に、お似合いのカップルですね」


と呟いた。

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