第11話:アシスタント募集、始めました。
「さて、晴れて漫画を出版する許可が出たわけですけども」
父、アナスン公爵の屋敷から戻って一夜明けた朝。私はリデルとハンスを呼び出した。
「新たな問題が山積みなんですのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
私は頭を抱えながらロックシンガーのように顔を上下に振り回した。リデルがどうどうとわたしを宥めた。
「ゲルダ、落ち着いて。たしかにアナスン侯爵から売り方と宣伝方法について課題は出されましたけれども……」
「それもあるんですけど、他にも重大な問題があることに気づいてしまったんですのよ! いろいろ、いろいろとぉぉ」
するとハンスが二回程手を叩いた。
「ゲルダ様、まずは課題を整理しましょう」
「ひゃい……」
私は大人しく姿勢を正した。この執事、あまりにもしっかりしているので時々攻略対象というよりはお母さんのように見えてしまう。
「今後解決すべき課題としては、まずは先程も上がった売り方と宣伝方法ですね。他には?」
「人員、人員ですわ! 『漫画』というものを知ってもらうところから始めなきゃならないということは、ただ漫画本を一冊出せばいいわけじゃないと思いますのよ。楽しんでもらうための漫画と、漫画というものを認知してもらう漫画が必要だと思いますの!」
「は、はあ……。漫画を二種類作ると? すみません、ゲルダ様がなにをしようと考えているかというところから共有させていただいてもよろしいでしょうか」
父の言葉を受けて、私が練り直した計画はこうだ。
漫画は2種類制作する。一つは広告用の漫画。これは「鏡の国の女王」のようなこの世界に既に浸透している物語を題材とする。二つ目はオリジナルのストーリー漫画だ。
「まずは広告用の漫画をあちこちの書店に、誰でも読める状態で設置してもらいますの。それで、一定期間でそれを更新していきますのよ。最初にその漫画を手に取った方は『なにこれ?』となると思いますけど、それがどんどん更新されていったら、『おほー、なんか増えてますわー!』ってみんな気になるでしょうし、手に取って読んでもらえると思いますの。それから、本番のオリジナル漫画を売り出しますの!」
「たしかに……ただやみくもに宣伝するよりかは、漫画の特性は伝わるかもしれませんね。それで、広告用とオリジナル。2種類売り出す理由とは?」
「広告用の漫画だけですと『ハーン、なんか変わった物を作る方がいますのねー』で、終わってしまうと思いますの。世界を変えるほどの書物にするためには、やはりオリジナル作品で、表現方法としての将・来・性! を見せていくべきだと思いますのよ」
ハンスは相槌を打ちながら私の意見を聞いていた。
「悪くないと思います。前回よりは漫画という媒体の魅力が伝わるのではないかと。ですが敢えて厳しいことを言いますと……アナスン公爵が指摘されたこと。『漫画を手に取る人が書店で本を購入できる一部の人に限定される』という点をクリアする為には、もう一捻り必要かと思います」
「それなですわ……」
そう、この案ではまだ改善策としては不十分だ。それは自覚していた。私がうなだれていると、リデルが困惑した表情をした。
「ゲルダ、まって。つまり私は、漫画を2冊分描くということですか……? 発売はいつを予定しているつもりです?」
「夏から秋への変わり目あたりですわ! 読書の秋、芸術の秋、収穫の秋! どいつもこいつも浮かれがちなこの時期にばばんのばーん! と発表したいと思ってますわ!」
「た、単純に……制作が間に合いますかね?」
私はしばらく硬直した。
「そう、それが問題その2ですわ! 私が手伝っても画力に限界がありますし、難しいと思いますのよぉ」
「私も描ききる自信がありません……ゲルダだって、私の手伝い以外にもやることがたくさんありますし……」
「もっと手伝ってくれる人が必要ですわね。ハンスは絵はどれくらい描けますの?」
するとハンスは顔を引き攣らせて硬直した。この完璧超人が焦るところは初めて見た。
「ぼ、僕は絵は苦手なんですよ。お力になれなくてすみません……」
「ベタ塗りくらいなら手伝えるかもしれませんわよ。試しにネコちゃんでも描いてみてくださる?」
ハンスに紙とペンを手渡すと、さらさらと紙に何か描き始めた。しばらくして、ハンスは少し照れくさそうに絵を見せた。
「ど、どうでしょうか……」
私は飲みかけていた紅茶を吹き出し、リデルは萎んだ風船のような顔になった。
頭部の半分が目玉でできた全身骨折状態の怪物が描かれていた。猫の耳だったはずの物は鬼の角の如く尖っており、尻尾には鉄球のような謎の棘が描かれていた。
「あなたは絶対に原稿に近づけてはいけないということがよくわかりましたわ……」
「ハンスさんにも苦手なことってあるんですね……」
ハンスは肩を竦めながら「すみません……」と呟いていた。私とリデルは再び考え込んだ。
「困りましたわね。大地から世界設計図が沸くように、突然空から神絵師が降ってきませんかしら」
「私はもういっそ念力で全ての原稿作業を完了できる生命体に進化したいです……それなら何冊でも作れるのに……」
「そこまで進化する為のエネルギーがあるなら、書の精の性癖だって念力で捻じ曲げられそうですわね……」
私たちは揃って溜息をついた。人員の問題はなるべく早く解決したほうがいい。ギリギリになって手伝える人が見つかっても、スケジュールが空いていないという可能性は十分に考えられる。
「うーん……つまりこれは、アシスタント募集をしないとならないってことですわね?」
その日の昼休み、私はひとまずルードヴィヒを呼び出した。屋上で仁王立ちをしながら待ち構えていると、ルードヴィヒは欠伸をしながらやってきた。
「よお、婚約者。何の用だ」
「オーッホッホッホ! よくぞ来ましたわね!」
私は手で銃を作り、撃ち抜く動作をして、渾身のキメ顔で言った。
「私とリデルが漫画を描くのを、アシスタントになって手伝いやがれですわ!」
「やだ。じゃあな」
婚約者は瞬時に回れ右をして立ち去ってしまった。
「はー!? ふざけんなですわ、話くらいききやがれですわーーーー!!!!」
「俺はこう見えて非力でな。悲しいことに、穀粒より重い物は持てないんだ。申し訳ない」
「もう少しマシな嘘をつきやがれですわ! ペン持って絵を描くこともできない奴は、土嚢を担いで全身の肉から溶けやがれですわ!」
「はっはっは。土嚢担ぎなんてそれこそお前んのとこの執事にでもやらせとけよ」
「キイーッ! 婚約解消ですわー!!!」
結局、ルードヴィヒはそのまま笑いながら立ち去ってしまった。私はハンカチを噛みながらその場でしばらく地団駄を踏んでいた。
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