第2章:乙女ゲームのルールを変えようと思いました。

第5話:悪役令嬢はヒロインと休日を過ごすことにしました。

 魔法学園──正式名称、魔法司書育成学校は全寮制だ。だが休日は近隣の街に遊びに行ったり、届け出を出せば実家に顔を出したり遠出することも認められている。

 入学してから初めての休日、私はリデルとハンスを誘って近隣の街に出かけた。


「というわけで、私は三人で出かけるつもりでいたんだけど……なんであなたもついてきてらっしゃるの。ルードヴィヒ様」


 街の入り口に到着した瞬間、三人のお出かけ計画は四人に変更となった。ルードヴィヒは三人の顔を順に見つめながらにやにや笑った。


「つれないねえ、婚約者。俺が婚約者に会いに来て、何がおかしいんだ?」


「私がここに入学する前は一年に一度しか会いに来なかったのに、突然頻繁に顔を出すようになったものだから、不気味なんですのよ」


すると、珍しくハンスが顔をしかめた。


「今日はゲルダ様が初めてリデルさんと一緒に過ごす休日なのですよ。あまり邪魔はなさらないでいただけませんか。道中は馬車の手配などがありますので僕もご一緒しましたが、街の中では別行動を取るつもりなんですよ」


「おや、お前が怒るとは珍しい。じゃあ時間を決めて、女は女同士、男は男同士で街を回るってのはどうだ。後で待ち合わせして、そっからは四人でどっか行こう」


 私はリデルやハンスと顔を見合わせた。二人共、特別異論は無いようだ。私も特に不満は無い。


「別に構いませんけど……」


「じゃあ決まり。ティータイムの時間に再集合だ。じゃあな」


 そう言うと、ルードヴィヒはハンスを連れて人混みの中に消えてしまった。取り残されたリデルは私に問いかけた。


「私と一緒でよかったんですか」


「ん? いいんですのよ。ハンスの言うとおり、今日は新しい友達との初めてのお出かけなんだから、あなたが主役」


「それはありがたいですが……ゲルダはハンス様やルードヴィヒ様が気になったりはしないんですか。あ、これは単純な興味です」


 私は少し困って頭を掻いた。


「それが……私はロリショタが好きですの。だからちょっと二人共好みから外れるんですのよねえ」


「そうだったんですか、なんだ」


「なんだってなに……なんですのよ」


「そのくらいなら、言い直さなくてもバッドエンドにはなりませんよ。じゃ、行きましょうか」


 私はリデルに手を引かれながら街に繰り出していった。学園の最寄りの街は中世ヨーロッパ風の異世界ファンタジー世界に相応しい景色だった。前世でいうところのロンドンに近い町並みだが、よく見ると店の看板や建物の装飾に歯車のモチーフがよく使われている。よく見ると、蒸気を利用した機械などもあった。

 もう一つ大きな特徴は、書店や図書館が異様に多かった。特に街で一番大きな中央図書館には魔法と機械仕掛けの「図書塔」というものがある。スタッフに欲しい本を伝えると、スタッフは本の名前が書かれた紙を小型のゴンドラのような機械に入れる。ゴンドラは図書塔の周囲を巡り、紙に書かれた本を取って戻ってくる仕組みだった。

 リデルは図書塔を利用して、早速数冊の小説を手に入れていた。


「このシリーズの最新刊、前々回のループでは売り切れで手に入れられなかったんですよねえ。やったあ」


 目当ての本に出会えたリデルはご満悦だった。本のタイトルを見てみると、「暴れん坊老紳士」と書かれていた。あらすじは、隠居した年配の公爵と二人の執事が全国を旅して悪人を成敗する勧善懲悪ものらしい。……どこかで聞き覚えのある話だった。


「それにしても、すごい量の本ですわねえ」


 私は図書塔を見上げる。塔は雲を突き破りそうな程に高く聳え立っていた。すると、リデルが購入した本を鞄に詰めながら説明した。


「元々、書物や物語との縁が深い世界観ですからね。この世界では、書物には人の手によって生み出された物と、大地から生まれたものの二種類あるんですよ」


「大地から本が生まれますの!?」


「正確には、文字が刻まれた紙のような物ですけどね。内容は、この世界の歴史だったり、物語だったり、生き物の成分表だったり、何の意味もない文字列だったり様々です」


 私はリデルの話を感心しながら聞いていた。なるほど、根幹から書物と深い関わりがある世界だから、この世界の神は「書の精」だし、魔法を使う為に必要な物は「しおり」だし、魔法を使って戦う人は「司書」と呼ばれるわけだ。その話から、私はあることに気づき、パチンと手を叩いた。


「そっか、世界設計図もそこから生まれるってこと!?」


「そのとおりです。生まれてきた書物の中から『大地の未来』について書かれたものが世界設計図になるんですよ」


「そして、それが書の精に読まれるんですのね」


 私は書の精の神殿を見つめた。神殿にはこの街から数分でたどり着く。書の精。毎日世界中の大地の物語を読んでいる神様は、きっと途方もない読書オタクなのだろう。

 私が感慨にふけっていると、急にリデルは私の手を引いて物陰に隠れ、ひそひそと話し始めた。


「それより、ちょっと今のうちに確認しておきたいんですが、ゲルダは前世でこの世界の元になったゲームの記憶があるんですよね。この世界のことはどの程度わかってるんですか?」


「ああ、正直、記憶が朧げなんですのよね。キャラと大まかなストーリーくらい。世界観はとにかく本がいっぱいだったってことくらいしか覚えていませんの。ハンスルートとエンデルートはクリアしましたわ。ルードヴィヒルートに入りかけたところで春休みが終わってしまいましたのよね」


「なるほど、わかりました。ということは、紙魚しみのことはあまり詳しくないということですね……」


紙魚しみとは、初回の授業でライマン先生が見せた、書を食べる虫のことだ。


「攻略対象のルートと紙魚しみが関係ありますの?」


「ありますよ。紙魚しみについての掘り下げがあるのはライマンルートですから。だったら、これまで攻略対象のルートに入ることは避けていましたが、一度説明も兼ねてライマンルートに入ってみるのも有りかもしれませんね……」


 私は少し不貞腐れて頬をブウッと膨らせた。それはつまり、リデルは全く好意の無いライマンに対して好意があるかのような素振りを見せ、最終的にバッドエンドになるということだ。しかも、リデルは攻略対象が不幸なエンディングを迎えることは避けたがっていた。となると……思い浮かぶエンディングは、初回のループでの飛び降り自殺だった。


「冗談じゃありませんわ!」


私はリデルの頬をつねった。


「リデル、あなたその周回前提で物事を考える癖、やめてくださらない? その度にあなたは自分の想いも命も踏みにじるんでしょう!? もっとご自分を大事になさい!」


続けて、私はリデルの手を握ってぶんぶんと振り回した。


「あなたは私と友情エンドでこのゲームをクリアするんだからね!」


 そう言うと、リデルは少し照れくさそうに黙り込んでしまった。


「も、もう。大声出して。あなたには恥とか無いんですか」


「恥なんてものあったら悪役令嬢なんてやってられませんわよ。オーッホッホッホ!」


「もうっ。静かにしないと置いてっちゃいますよ!」


 先を行くリデル、高笑いしながら追いかける私。前世でのオタク友達とのやりとりを思い出して、なんだか楽しかった。

 それから私はリデルに様々な書店に連れていってもらった。どうやら、この街は書店によって売っている本屋にかなり差があるらしい。小説ばかりの店や、歴史に強い店。大地から採れた書だけを扱う店など、前世では見られない店もあった。

リデルのおすすめや、世の中で流行っている本の傾向を聞きながら、私も自分が気になる本を数冊購入した。


「あともう一冊くらい買いたいですわね。どうしようかしら」


 路地裏の小さな書店で、私は天井付近までぎっしりと詰め込まれた本たちを一冊一冊見て回った。その中に、ラメが編み込まれた紅色の布で包まれたハードカバーの本があった。


「わあ、随分綺麗な装丁ですわね」


「ああ、それは『鏡の国の女王』ですね」


 頁を開くと、他の本よりも少し大きめの字で物語が綴られていた。時折、頁の隅に小さく挿絵が描かれている。


「『鏡の国の女王』はこの世界に古くから伝わる児童文学です。前世での白雪姫やシンデレラのようなものですよ」


「えっ、児童文学なの? 意外……」


「そうですか?」


「うん、ちょっと驚きましたわ。理由はわからないけど……。まあかまいませんわ、なんだか綺麗な本だし、気になるからこれにしますわね!」


 そう言って、私はその本を購入した。前世の頃から、私は漫画やゲームやライトノベルなど、ありとあらゆる物語が大好きだった。転生先でも大好きな物語に触れられる。これは、素直に喜ばしいことだった。

 ティータイムの時間が近づくと、私たちはルードヴィヒたちとの集合場所に向かった。ルードヴィヒはハンスに荷物をいくつか持たせた状態で現れた。


「よう、お嬢さん方。待たせたな」


「ごきげんよう、ルードヴィヒ様。そしてどういうことですの?」


私は引きつった笑顔を浮かべた状態で、ハンスが持っている荷物を指した。


「ハンスは我が家が召し抱えている執事であって、ルードヴィヒ様の執事ではありませんけど!? それを勝手に荷物持ちをさせるなんていい度胸ですわね?」


「雇い主の婚約者の世話を焼かせて何が悪い」


「悪いですわ。そもそも今日は休日! 当初、ハンスと私たちが別行動をする予定だったのは、ハンスにもしっかりと休みを取っていただく為でしたのに」


「ほう。あのワガママ令嬢が執事の休みの心配をするとは、明日は赤い雨が降るかもな」


 私が指をバキバキと鳴らしながらルードヴィヒを睨みつけていると、ハンスが声をかけてきた。


「大丈夫ですよ、ゲルダ様。僕から言い出したことですから」


「お黙りなさい! ハンスは人が良すぎですわ。こういう時はしっかりと声をあげて自分の権利を主張しなきゃいけませんわよ!」


 私は両手を広げて威嚇しながら怒鳴ったが、ルードヴィヒは私を軽くあしらうだけだった。


「悪い悪い。なら、詫びも兼ねてこの後のティータイムは全員俺が奢ってやる。そしてその後に……」


 ルードヴィヒは、街の外に聳え立つ白い建築物を指した。


「書の精の神殿に行ってみないか?」





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