第37話 子供達の成長


 いつもの調子で軽口を叩きあう2人の隣を、セシリアはほのほのとした様子で見守っていた。

 しかし此処で、彼女の腕力が遂に限界を迎える。


「あっ」


 今まではどうにか『持つ』という体裁を保っていた布団がほんの一部、ズルッと手からずり落ちる。

 セシリアが反射的に声を上げるが、楽しそうな目の前の2人はそのピンチに気付かない。


 中途半端にずり落ちたせいで、布団を持つ手に負担が掛かる。

 これでは完落ちも時間の問題だ。


 ミランダが「助けに行った方が良いだろうか」と思ったその時。

 幸いにも、救いの手が差し伸べられる。


「セシリア様って、よく転ぶ上に非力なの?」


 いつの間にかユンに追いついていたグリムが、ニヤリと笑いながらセシリアに言ってくる。

 しかしそれに答えたのは、セシリアでは無くゼルゼンだ。


「このくらいでへばってるんだから非力なんだろ。コイツお嬢様だから、きっとフォークより重い物とか持ったことないんだよ」


 ため息交じりのその声に、セシリアはすぐさま抗議の声を上げる。


「そんな事無いもんっ! 本とか、持ったことあるもん!!」

「本かよ。此処でそんな軽い物しか例に出ないとか、本当に非力な証拠だぞ」


 セシリアが「心外な」という表情で言い返したが、ユンが呆れた様な声色で言い返した。

 その隣では、グリムがどうやらそのやり取りがツボに嵌ったらしい、突然の大爆笑を開始する。



 因みにユンやゼルゼン、グリムにとっての『本』とは、『子供部屋』に置かれた子供用の絵本の事である。

 厚さは2センチ程と、とても薄い。

 対してセシリアにとっての『本』は、書庫にある厚さ15センチ程の物の事だった。


 しかしまさかそんな所に認識の齟齬があるとは思いもしない両者は、互いに「非力じゃないもん」「いや十分非力だろ」という不毛なやり取りを繰り返している。




 それは、一見すると悪ガキ3人衆がセシリアに意地悪をしている様にも見えた。

 しかしそうでない事は、色眼鏡を持たない人間からすればすぐに気付ける事だろう。


 それは相手を貶めようなどという黒い気持ちを全く感じさせない光景で。

 良い友人関係を築けている間柄特有の、空気感を保っている。




 思えばゼルゼンが変わり始めたのも、彼が『初めてのお友達』としてセシリアお嬢様と関わるようになってからだった。

 内に反発心を持ちながら、どこか諦めた様な目で大人になってしまう前に最後の抵抗をしてみている。


 そんな雰囲気でミランダからの『手伝い』を避け続けていた彼が、最近は偶に、気が向いた時にほんのちょっとだけ、こちらの手伝いをしてくれるようになった。

 そんな様子から「彼の中に何か、変化があったのだろう」とは思っていたのだが。




 以前の彼らにセシリアが加わった事で一変したその光景を、ミランダは感慨深げに眺める。


(やはり旦那様のお子様なのだな)


 使用人の子供達に混じって楽しそうに笑う彼女を、使用人達に囲まれて穏やかに笑う旦那様に重ねて思う。


 彼女が周りに与える影響は、きっと彼女が思っているよりもずっと大きい。

 本人はきっと、そんな大きな事などしていないつもりなのだろう。

 しかし影響を受け取る側から見ると、その見解は大きく異なる。


(旦那様が私達に与えてくれるものは、そのどれもが、いつも劇的で色彩豊かだ)


 今日の朝までは確かに存在した、ユンとグリムの反抗心。

 それが全くのゼロになったとは言わないが、半減と言っても良いくらいには変化があったように見える。


 たった半日で彼らを変えた物の正体は、一体何か。

 そう問われれば、ミランダはその答えをたった一つしか思いつかない。



 感謝を込めて彼女を眺めていると、4人の喧騒で他の子達もセシリアの廊下からの帰還に気付いたのだろう。

 彼女の周りにツアー参加者が集まり始める。


「ゼルゼンもセシリア様も、何でそんな所に立っているんですか?」


 いつまでもそんな入口に居ないで入ってきたらいいのに。

 メリアのそんな進言に、セシリアは「それもそうだ」と頷いた。


「あの、セシリア様。お布団、私も一緒に持ちます」

「ありがとうノルテノ、とっても助かる」

「あ、私も! 私も手伝います!!」


「はい! はい!」と手を上げて主張するアヤがノルテノに加勢して、セシリアと交代する形で最後の布団運びに参戦する。


「ゼルゼンも、早く運んで置いて来た方が楽じゃない……?」


 そんな女性陣の様子を見ながら、デントがそう勧めるとゼルゼンがニッと笑いながらユンへ向かって言う。


「あぁ、そうだな。デントの言う通り、ずっとコイツに構ってると疲れるし」

「あぁ?なんだとコノヤロっ!」

「そ、そんな事僕言ってないっ!!」


 ゼルゼンの揶揄いにユンが声を上げ、デントが慌てて「僕は無罪だ」と主張する。

 そしてそれを我関せずと、1人笑っている者も居る。


「あはははははっ」

「グリムはちょっと、笑い過ぎじゃない?」


 先程から笑いっぱなしのグリムの呼吸と腹筋が流石に心配になって来て、セシリアが彼をどうにか宥めに入る。


 そんな一行に、ミランダは少し眩しそうに目を細めた。



 実は同年代の子供だという理由で今回のツアーに参加した彼らは、普段から同じ室内で過ごしているとは言っても、別に深く関わりがあるという訳では無い。

 互いに古くからの顔見知りではあるが、ただそれだけである。


 悪ガキ3人組と、立派な使用人になるために普段から勉強熱心なアヤや真面目な性格のメリアは絶対的に馬が合わない。

 加えて気の弱いデントや自分に自信の持てないノルテノは、確固たる何かを持っている両者に、普段からあまり近寄ろうとはしない。



 しかしそんな彼らが今は皆で集まって、一緒に笑ったり怒ったり呆れたりしながら話をしている。


 その光景の中心核は、間違いなくセシリアだった。

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