第36話 ミランダの驚き

 


 一方その頃ミランダは、アヤやメリアを連れて先に『子供部屋』へと戻っていた。


 年少組は、きっと眠気の限界に近いのだろう。

 ぐずり始めた子供達をいつもの様に上手く宥め賺しつつ、ミランダは持って来た布団を手早く床へと敷いていく。


 2人から少し遅れて、デントとノルテノも布団を持ってきてくれた。

 受け取りながら彼らに「ぐずってる子達から布団に誘導してあげて」とお願いすると、彼らは素直に頷いてくれる。


 今まで彼らにどれだけ助けてもらっていたか。

 今日の午前中に彼らが全員抜けていたから猶更、そのありがたさが身に染みる。


(本当に、今日の午前中は激戦だった)


 年中の子達が居るとは言っても、やはり出来る事も、 踏んできた場数も違う。

 即戦力がごっそりと抜けた状態はとても大変だった。


 そんな午前中を思い出しながら、この後また抜けるのかと思うと少し憂鬱になる。

 しかし憂鬱になってばかりも居られない。

 年少組達の肩口までタオルケットを引き上げながら、簡単に彼らの様子に問題が無い事を確認していく。


(ふぅ。取り敢えずぐずり方が酷かった子達は寝かせられたわね。じゃぁ次は残りの布団を――)


 残りの布団を持ってこなくちゃ。

 そう思って立ち上がろうとしたミランダの顔にスッと影が差した。


(……?)


「何だろう」と思って視線を上げ、そして驚く。


「……重いんだよっ!」

「あ、ごめんなさい」


 驚きすぎて動きが止まってしまったミランダに、彼はバツが悪そうな顔で文句を垂れた。


 彼が持った布団へと手を伸ばせば、フンッと鼻を鳴らしながら彼はそれを手放した。

 彼の後ろからは、もう一人少年が歩いてきているのが見える。

 やはり彼の手にも、きちんと『成果』が乗っていた。


「はい、ミランダさん」

「……ありがとう、グリム」


 貰った言葉に反射して、ミランダは辛うじて彼にお礼を言った。

 布団を渡すと、きっと重かったのだろう。

 手をぶらぶらとさせながら、彼は少し離れた所に立っているユンの隣へと歩いて行った。



 ミランダは、思わず「これは夢かな」と思った。


 もしかしたら午前中忙しかったから、疲れのせいで白昼夢でも見ているのかもしれない。

 そう思い、試しに自分の頬をつねってみる。


(……痛い)


 どうやら夢ではない様だ。




 ミランダは、彼らが手を貸してくれたという事実に、酷く驚いていた。



 ミランダの子供達への『お手伝い』要求に対して反発心を持つ子供達は毎年一定数存在する。


 今年の該当者は3人。

 1人は最近改善の兆しが見えてきているが、残りの2人はからっきしだった。

 だから今日も彼らは絶対に手を出しては来ないと思っていたのだ。


 面と向かって文句を言い、分かり易くこちらに反発してくる、ユン。

 そして明示的に反発をする言動はしないが、非協力的な態度を取り続けていた、グリム。


 タイプの違う二人ではあるが良くつるんでおり、「『お手伝い』には参加しない」という意志も固い。


(そんな彼らが、まさか布団運びを手伝ってくれるなんて)


 予想だにしない驚きが起こると、人は思考も動きも纏めて止まる。

 そんな法則を、ミランダは人生で初めて身を以って知った。


(今日も、彼らはきっと手伝ってくれないだろうから、取りに戻ろうと思ったのに)


 やっと回復し始めた脳みそで、ミランダはそんな風に思考を巡らせる。



 彼らが手伝ってくれはしないだろうと思っていたミランダは、あの時一瞬子供達に残す布団の枚数から予め彼らの分を抜いておくことも考えた。


 あの時のミランダは持つ物の重量的にまだまだ余裕があった。

 2枚くらい追加しても問題無く持てたし、廊下をもう一度行ったり来たりする時間も勿体ないと思った為だ。


 しかしセシリアお嬢様の居る手前、事前に彼らの分だけ間引いておくというのも外聞が悪い。

 その為、仕方が無く二度手間を承知であの2枚を置いて来たのだ。



 きっとその予想は、当たっていただろう。

 そう、今日の朝までの彼らに対しての予想だとしたならば。




 廊下に続く扉の向こうから戻って来た二つの人影に、ミランダは半ば反射的に視線を向けた。

 そこに居るのは、一人の少女だ。


 他の子供達よりも肌や髪の色艶が良く、今日のツアーの特性上汚れて良い服であるとはいえ、明らかに他よりも上等な服を身に纏う、その少女。

 彼女は真剣な顔で一生懸命、布団を運んで来ている。


 しかし重いのか、布団を抱える手がずっとプルプル震えている。

 そんな彼女の後ろには、彼女に心配そうな目を向けながらも「もうちょっとだから」と励ます声が続いていた。



 そんな2人の元へと、ズンズン歩いていく人影があった。

 ユンである。


 彼は「おっせぇぞ!」等と言いながら2人の前にやって来ると、既に手持無沙汰になってしまっている手を腰に当てて、威張るような体勢を取る。


 そんな彼にジト目を向けたのが、ゼルゼンだ。


「いや、お前らのせいだからな」

「何で俺らのせいなんだよ!」

「それはな、ユン。お前らを説得してから来たからだよ」


 2人は最近少しギクシャクしていた様だったが、どうやら仲直りした様である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る