第35話 素直じゃなくて、素直



 彼らは我関せずと言った感じで、目どころか体ごと、明後日の方向を向いている。

 布団に手を伸ばす気配は一向に見られない。


 見かねて、セシリアが声をかける。


「ユン、グリム。早く運ばなきゃ」


 「行こう」と誘えば、彼らは露骨に嫌な顔をした。


「何で俺達がそんなことしなきゃなんねぇんだよ」


 ユンがフンッと笑いながら投げやりに言った。

 そんな彼の言動に、セシリアは思わず首を傾げる。



 今までのお仕事体験では、彼は作業に参加していた。

 確かに中には態度が悪い事もあったが、不満を言う事はあっても、仕方が無くでも、一応手は動いていたのだ。


(なのに何で、此処では作業に全く手を付けようとしないのかな?)


 他と何が違うのか。

 その違いをセシリアは理解する事が出来なくて不思議に思ったのだ。


 しかしすぐに、両者の違いに思い至った。


(そっか。彼らにとってこの場所は『日常』だから)


 彼らにとってミランダからの頼み事は、『お仕事体験』ではなく、『普段のお手伝いの延長』に思えてしまうのだろう。


 だから元々『お手伝い』に関して反抗的なユン達は、この作業に手を出したがらない。



 しかし理由が分かったからと言って、それを許容することは出来ない。

 仕事体験を放棄する事は『仕事の事を知り、経験し、その仕事の事を理解する』というこのツアーの主旨を無視する事にもなるし、わざわざ時間を割いて協力してくれている使用人達にも申し訳ない。


(きっとこういう時に説得する事も、わたしの役割ね)


 セシリアは心中で「よし」と頷くと、少し考える素振りを見せた後で再び口を開く。


「ユン、コレはツアーの一環だよ。ちゃんとやらなきゃ意味ないよ」


 そんなセシリアの第一声に、彼はフンと鼻を鳴らした。

 だからこう、言葉を続ける。


「『御者』の所でちょっと言ったけど、私はその人のお仕事を否定するなら、せめてその人のお仕事を知った上でしてほしいと思ってる」


 その言葉に、彼はピクリと反応を示した。

 彼にとっても『御者』の一件については何か思う所があるのだろう。


「……それは、知った後なら否定して良いって事かよ?」


 否定したらしたで怒るんじゃないのか。

 そんな意味を込めて告げられたユンの声に、セシリアは思わず笑う。


「勿論それでも否定する場合は、そこにちゃんと否定する明確な理由が無いとまた怒ると思うけど」


 それでも知った上で、正当な理由があっての否定なのだとしたら、それは本人の裁量だ。

 少なくともその考え方自体を否定する権利は、私には無いよ。


 そんな風に言ってやれば、まさか「否定しても良い」と言われるとは思っていなかったのだろう。

 ユンは少し驚いた表情を向けてきた。


 そして、その顔はすぐに苦笑へと塗り替えられる。



 ユンは遠回しに『今、さっきと同じような事をしようとしてるよ』とセシリアから指摘されているのだ。

 これはそんな彼女のメッセージに気が付いたからこその、苦笑だった。



(……折角気付いたのにそのままにしてわざわざ同じ轍を踏みに行くのは、何というか――そう、とても格好悪い事だ)


 心中で、呟く様にそう思う。



 そして、彼女の言を受け入れようと決める。


 しかし。


 セシリアに助けられたあの時に、確かに『御者』での自分の態度を後悔した。

 それなのに、また同じ間違いを繰り返そうとした。


 そんな自分自身に対する苛立ちや恥ずかしさがあるのも確かで。

 その感情を制御するには少しまだ修業が足りなくて。


 そんな彼がとった行動は、『酷く不機嫌なムスッと顔をしたまま、布団を鷲掴みしに行く』というものだった。


 素直じゃない表情のまま、セシリアの言葉に対して素直な行動を取る。



 そんな素直なのかそうじゃないのかよく分からない彼の背中を、セシリアはポカンとした表情で見ていた。


 あまりにも『らしい』幼馴染に呆れるゼルゼンと、「仕方が無いな」と笑うグリムが互いに視線で会話をする。


 その後すぐに、グリムはヒョイと布団を持ち上げた。

 そして『子供部屋』の方へズンズンと歩いて行く不器用な後ろ姿の後を追っていく。



 そんな2人を見送ったセシリアにも、横からすぐに声が掛かる。


「ほらセシリア、行くぞ」


 いつの間にか、彼もその手に布団を持っていた。


 彼がここでも体験をやってくれる事は、セシリアは全く疑っていなかった。

 そう、彼が最後まで布団をその手に持たなかったのは。


「うん、待っててくれてありがとうゼルゼン」

「……ほら、お前はすぐ転ぶから」


 セシリアを見守り、その出発を最後まで待ってくれていた彼に、セシリアは感謝する。

 彼の優しさはいつもどこかぶっきらぼうで、なのに不思議と温かい。


(きっと今日のツアーが終わった時、一番の功労者はゼルゼンだろうね)


 心優しい友人に、セシリアはそう心の中で賛辞を唱えた。


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