第9話 言葉の真意を推し量ること



 対称的に、セシリアは酷く嫌な予感がした。

 が、セシリアが止める前にポーラが口を開く。


「そうですね、例えば一度も登った事の無い木に突然登ろうとして落ちたり、花壇に咲いている花を見て『これは良い匂いがしてるけど、食べたら甘いのかな』と言ってみたり、後は……先ほど皆さまも目撃した様に、何もない所でも走れば必ずと言っていいほど転びますね。あれだけ盛大に転ぶのです、私達はいつ大惨事になるかと内心ヒヤヒヤして――」

「ぶふーっ!!」

「ポーラッ!! もう口を開かないでっ!」


 悲痛な思いを乗せて、叫ぶ様にそう言った。

 直後、子供達の中から噴き出した様な声の方をバッと振り返る。

 すると彼らの中で一人、何やら様子がおかしい少年の存在に気が付いた。


 彼は口元を一生懸命押さえ必死に笑い声を堪えている様子だったが、震える肩と漏れる笑い声が全く隠せていない。


 その少年をジト目で見ていると、不意にソイツがこちらを向いた。

 目が合った瞬間、更に吹き出す。


(もしかしたらコイツ、案外あまり隠す気が無いのかもしれない)


 失礼な態度の彼にそんな勘繰りをしてしまっても仕方が無いと言えよう。


 セシリアは抗議の意味も込めて彼をもう一睨みだけすると、険しくしたままの視線を今度はポーラに戻した。



 そしてその視線を受けても飄々としている少し意地の悪いメイドに、思う。


(否、別に何も本当に『口を開くな』と思っているわけでは無いけど……っていうか、寧ろポーラは今、皆に仕事内容の説明をするという責務があるんだから口を開かなくなったら逆に困っちゃうし)


 しかしこれくらい強めに言わないと、きっと気持ちは届かない。

 そんな確信がセシリアの中にはあった。


 ポーラはセシリアが生まれた時からの御付きのメイドだ。

 彼女が4年間の彼女を知っている様に、セシリアだって彼女と毎日一緒に過ごしているのだ。

 彼女のそんな一面を、知らない筈が無い。


 なんて、思っていると。


「因みに今の『口を開くな』という言葉は本気で言った言葉ではないので真面目に取り合わなくても良いですが、先ほど話した花壇の花の件は本気でしたので速やかに御止めしましたよ」


 そんな風に解説したポーラに、質問した彼女が「なるほど」と納得の声を上げる。


(そんな所で納得してほしくないんだけど)


 思わず心中で答えながら、不意に視界の端にゼルゼンの姿が入った。

 そして何だかとても可哀想な物を見るような目と視線がかち合う。


 ……だって花壇の花の件は、丁度『食べられる種類の花もある』と本に書いてあったのを見つけたその日の事だったのだ。

 だから「この花はどうなのかな」と疑問に思っちゃったのだ。

 これは仕方が無い事だと思う。




 ゼルゼンの視線に耐えられなくて、半ば八つ当たり気味にまたポーラを睨みつけてやった。

 しかしやはりと言うべきか、彼女は気にした様子もなく言葉を続ける。


「先ほども言いましたが、御付きの方の言葉の真意を推し量る事は、使用人にとってはとても大切な事です。何故ならそれが上手くできなければ、その方の思っている事を歪曲して第三者に伝えてしまう可能性があるからです」


 ポーラは『これは大事な事だ』と、子供達を見回しながら言う。


「私達が仕える方は、貴族です。貴族には権力があり、たった一言指示をするだけで周りを容易く動かす事が出来ます。その為、貴族の言葉は非常に重いのです。その重い言葉をもしもその方の意に沿わない形で伝えてしまったら」


 そこまで言うと、彼女は一度言葉を切った。

 逡巡する気配がある所を見ると、どうやら彼女は「どう伝えたものか」と考えているのだろう。


 するとその逡巡を受けてか、続きはマルクが拾った。


「例えば貴族には『不敬罪』という罪を適用する事が可能です。その罪は貴族の裁量によって、その場で極刑に処する権利が与えられています。つまり、貴族が『失礼な事をされた』と思って誰かに指示を出すだけで、平民の命を容易く奪う事が出来てしまうのです」


 マルクの言葉に、セシリア以外の子供達が一様に恐れの表情を浮かべた。


 彼らは今まで貴族の邸内に住みながら、貴族の権力の及ぼす範囲を知らなかった。

 貴族と呼ばれる人達が『凄い人』なのは聞かされていて知っていても、何がどう凄いのか、何が出来るのかを知る機会は無かったのである。


『貴族、怖い』と思っても仕方が無いだろう。


「想像してください。もしもその『貴族』の言葉を主人が冗談のつもりで口にしたにも関わらず、私達使用人が間違った解釈をしてしまった場合――」


 そう言われて、言われるままに子供達は想像する。



 もしも使用人が間違った解釈し、行動したら。

 その言動は、第三者にとっては『貴族』の言葉として認識される。

 結果、『不敬罪』による極刑の条件が成立する。


 一度失ってしまった命は、元には決して戻らない。

 そうなってしまえばもう取り返しがつかない。


「だから、主人の心を正しく推し量る技量が必要なのです」


 子供達が丁度その事に思い至ったタイミングでポーラがそう言えば、子供達もその事の重要性が良く理解出来た様だった。

 神妙な表情になった子供達の様子を見て、ポーラは「どうやら言いたい事をきちんと伝えられた様だ」と内心で安堵の息を吐く。


 それもこれも、マルクのお陰だ。


(フォローいただき、ありがとうございます)


 お礼の為に彼に目配せをすると、すぐに答えが返ってくる。


(いいえ、お役に立てて良かったです)


 返礼は笑顔を以って返された。




 一方、子供達の内の一人が、とある事に気が付いて顔を青くする。


「『貴族』の言葉って、セシリア様は――」


 誰が言ったのだろうか、それは小さな呟きだった。

 しかしその言葉で皆が思い至ったのは、おそらく同じ光景だろう。


 怯えの混じった視線が、セシリアへと集まった。

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