第30話 使用人棟へお邪魔します。
ツアーもお昼に差し掛かり、一行は一度『子供部屋』へと帰還した。
お昼ご飯を食べる為である。
今日の昼食は、此処でセシリアも皆と一緒に同じものを食べる事になっている。
これを計画した時、使用人達からは「『子供部屋』で食べるものと普段セシリアお嬢様の食べる物は違うのです」と渋られた。
しかしクレアリンゼの「一度くらいそういう経験をしてみるのも良いんじゃないかしら」という鶴の一声で、無事にこの時を迎える事に成功した。
皆でご飯。
それは他の子供達にとっては休憩時間でも、セシリアにとっては正しくイベント事だ。
初めての場所で、初めての食事を、家族以外の人達と囲む。
此処まで全てが初めてで構成されていれば、日常などと呼べる筈が無い。
中でも一番楽しみなのは、『家族以外の人達と』という部分である。
それも、セシリアにとっては初めての体験だ。
お陰で彼女のテンションは現在、絶賛うなぎ登り中だった。
移動中終始ご機嫌な様子のセシリアに、子供達は皆揃って『あの場所でご飯を食べる事の、一体何がそんなに嬉しいのか』と疑問顔だった。
しかしそれは他の子供達にとってはそれが日常だからである。
両者の気持ちにギャップがある事は致し方無い事だろう。
玄関口まで戻って来た一行は扉を開けると慣れたその景色に少し安堵したかの様だった。
やはり幾ら外の世界が珍しく楽しみだとはいっても、馴れない場所に行っていたのだ無意識の緊張もまだあるのだろう。
子供達は皆、口々に「ただいまー」と言いながら先頭に立っていたセシリアをあっという間に追い抜き、玄関の奥の廊下へと吸い込まれていった。
(……『ただいま』?)
それは一体どういう意味の言葉なんだろう。
そんな風に思ったが、周りを見てみるとみんな同じように言いながら家へと上がっていっている。
(きっとそれがこの場での常識なんだね)
そう判断し、セシリアはその流儀に倣いながら使用人棟の中へと足を踏み入れた。
此処からはセシリアの案内役も少しの間休憩になる。
外では手を引いてくれていた2人は、おそらく「家の中だから大丈夫だろう」と思ったのだろう。
セシリアからその手を放し、彼女のすぐ前を歩き出した。
自分よりもよほどこの場所に詳しいだろう2人の後に、セシリアは付いていく。
廊下は、セシリアがいつも見ている景色よりも随分と狭かった。
大人が三人横に並ぶとぴったり嵌ってしまいそうなくらいの幅である。
壁にも何も飾りなどは無く、只の白塗りになっていて少し味気無い。
そんな景色を物珍しそうにきょろきょろとしているとすぐに、前方に1つ、開かれた扉が現れた。
(みんな入っていってるし、此処がきっと例の『子供部屋』なんだね)
そう思いながらセシリアもその扉を潜ろうとした、その時。
「あっ」
上ばかりに夢中になっていたセシリアは、扉の足元にあったほんの小さな段差に気が付かなかった。
つま先が突っかかると同時に妙な浮遊感に襲われて、思わず驚きの声が漏れた。
(転ぶ)
反射的にそう思って目を瞑った。
が、一向に衝撃が来ない。
(……?)
お腹の辺りに淡い温もりを感じながら、ゆっくりと瞼を上げる。
「何やってんだよ、全く」
呆れ声に視線を上げれば、そこにはゼルゼンの顔があった。
「下もちゃんと見てろ」
彼は横から回った手で体勢を支え戻し、セシリアへとため息を向ける。
「助けてくれてありがとう、ゼルゼン」
セシリアがお礼を言っていると、そんな彼らの様子に気付いたのはすぐ前を歩いていた2人だ。
「どうした? 2人共」
「え? もしかして家の中でも転びそうになったの?」
言いながらプッと吹き出したグリムに若干腹が立ったので、セシリアは彼を睨み付けておいた。
しかしその甲斐もむなしく、彼は全く堪えていない様である。
寧ろ逆にソレを受けて、また笑われる始末である。
しかしそんな彼女を擁護したのがゼルゼンだった。
「仕方が無いだろ? 俺達にとっては此処が家だけど、セシリアにとっては知らない場所なんだから」
「あぁ、それもそうか。完全に忘れてた」
グリムは依然として笑いっぱなしだが、ユンが納得してくれたので良しとする。
グリムの笑いが止まるのを待っていられないセシリアは、心中でそう判定を下し、今正に踏み入れた『子供部屋』へと視線を向けた。
入った瞬間、まずセシリアはその部屋の人口密度に呆気にとられた。
セシリアが普段生活しているのは、貴族の屋敷だ。
大抵どれもが広い部屋で、例え彼女達の元に複数人の使用人が集まったとしてもそもそもの部屋の広さのお陰で必然的に密度は高くならないのが常である。
12畳ほどのこの部屋に居るのは、ざっと見た感じで20人程。
その内の一人を除いた全てが子供で、その子供の内の4分の1は乳幼児であるとは言っても流石に狭い。
正に『ひしめき合っている』という言葉がお似合いの場所である。
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