第29話 みんなで一緒に土仕事
少女からの質問に答え終わると、ノルドは他の質問者が居ないかと視線を巡らせた。
そして質問が他に無い事を確認してから、「さて」と話を切り出す。
「ではそろそろ此処でのお仕事を体験してもらいましょう」
彼はそう言うと、丁度自分のすぐ後ろの花壇を指して言った。
「今日はこの花壇に花の苗を植えたいと思います」
指された花壇は、他のとは明らかに姿が異なっていた。
花が植わっていないどころか、花壇の土も抜かれている状態なのだ。
始めて見る花壇の姿に、セシリアは少し驚いた。
すると彼女の様子を察したノルドが「あぁそれは」とその理由を教えてくれる。
「植える花の種類や時期によっては、土を交換する必要があります。この花壇が丁度その時期だったんです。普段は花壇の土を抜く事があっても、すぐに新しい土を入れてしまいます。だからセシリアお嬢様は、こういう花壇の状態は見た事が無いかもしれませんね」
彼の説明に「そうなのか」と納得すると、ノルドが「では」と歩き出す。
「前の土はもう抜いてあるので、今日はあそこの土を花壇に入れる作業と、あのポットの苗を植えようと思います」
ノルドはそう言うと、近くに用意してあった新しい土の入った袋の封を開けた。
そして子供達を4人ずつ、2チームのグループへと分ける。
最初に行ったのは空っぽの花壇への土入れ作業だ。
グループ毎に、ノルドが補助しながら袋の中から土を移していく。
「重いな、これ」
ユノが少し驚いた様にそう言えば、ノルドが「そうだろう」と頷いて見せる。
「土は粒が小さいから少しの量を手に持ったくらいではそんなに重くないんだけど、集まると見た目以上に重く感じるから少し驚くよね」
おそらく『あるある話』なのだろう。
確かにユンの言う通り、その土が入った袋は予想以上に重かった。
その重さにセシリアは、思わずよろけてしまいそうになる。
(あ、転ぶ)
重すぎてバランスが崩れた瞬間、セシリアは咄嗟にそう思った。
しかし本格的にバランスが崩れる直前に、誰かの支えのお陰でどうにか転ばずに済んだ。
セシリアが振り向くと、そこに居たのは御者台で隣だった彼である。
「ありがとう」
笑顔で彼にお礼を言えば、彼は少し照れた様な表情で、「いいえ」と答えてくれた。
そうやってひとしきり土を入れ終ると、次はとうとう苗植え作業である。
すぐに苗を持ってきて植えるのかと思ったのだが、ノルドがまず持って来たのは長い紐だった。
丁度花壇のこちらの端からあちらの端まで届く長さの紐を持って来たかと思えば、ソレを花壇の直上にピンと張り、何やら土に手で穴を空けていく。
よくよく目を凝らせば、その紐には等間隔に印がされていた。
どうやらその印に合わせて穴を掘っている様だ。
それが全て終わると、やっとノルドは「さぁ苗を植えよう」と言いながら花の苗が入ったポット群と、ハンドスコップを持って来た。
「私が今指で付けた印の所に、この花の苗を植えていこう」
スコップは人数分、花の苗は1人5~6個ずつはあるだろうか。
ノルドはまず、花の苗を手に持って、説明し始めた。
「花の苗はこの黒いポットの中に入ってるので、此処から取り出して花壇へと植えます。ポットの出し方は、こう。」
ノルドはまず、右手でポットを持ち、左手で苗の根元を覆った。
そしてクルッと、苗の上下を反転させる。
「しっかりと苗を両手で支えたら、一度逆さにしてからポットを上に引き抜きます。するとこんな風に、苗がポットから抜けます」
実演を交えて、ノルドが教えてくれた。
子供達は見よう見まねで最初のポットにチャレンジしていく。
庭に良く来るセシリアにとっても土をいじったり苗を植えたりするのは、実は初めての体験だった。
普段はどんなに「やってみたい」と申し出てもやんわりと断られてしまうのだ。
だから今、セシリアはいつもは絶対にさせてもらえない事が出来て、とても嬉しい。
苗はノルドの言う通り、意外と簡単にポットから取り出すことが出来た。
次に、これまたノルドが実演する手順に倣って、皆と一列に並び花壇へと苗を植える作業をしていく。
「これで良いのか?」
「んー、もうちょっと深く植えないとダメじゃない? それだと一つだけポコッと土が上に出ちゃうよ?」
「あ、ホントだ。やべっ」
隣同士でそんな相談をしつつ、皆で植えていく。
そんな会話を聞きながら、ノルドは「どうやら皆仲良くやれているようだ。良かった良かった」と微笑む。
そうやって全ての苗を花壇に植え終わったら、最後に水をたっぷりとやって完了だ。
水やり用のシャワーホースを引いてきて、自分が今植えた苗へと順番に水をやっていく。
今日の朝は天気が良かったが、その天気の良さはまだ健在だ。
ホースから撒かれた水が花や葉っぱに付着して、その水滴が陽の光でキラキラと煌めく。
それは水をやる事によって掛かる手元の虹と併せて、とてもきれいな光景だった。
こうして一作業を終えた満足感と疲労感の報酬に嬉しい景色を目に焼き付けて、此処でのお仕事体験は終了したのだった。
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