第31話 みんなでお昼ご飯


 沢山の子供達と、様々な喧騒。

 セシリアがそれを前に目を丸くしていると、そんな彼女に気付いたグリムが問い掛けて来る。


「どうしたの? 何か変な顔になってるよ?」


 顔を見てまたクスリと笑ってきたが、そんな事はどうでも良い。

 セシリアはハッと我に返った後、困り顔で彼を見上げながらこう言った。


「部屋に人が沢山居たからちょっとびっくりして」


 そんな言葉に、最初に理解を示したのはゼルゼンの声だ。


「あー、そっか。あのでっかい所に住んでんだもんな、お前」

「でも俺たちにとってはこれがいつもの光景だからねー」

「だな。ぶっちゃけ一体コレの何にビックリしてるのか、俺には良く分かんねぇ」


 続いてグリムとユンからもそれぞれ声が返ってきた。



 そんなやり取りをしていた4人の元へ、とある少女がやって来た。

 ツアー参加者の一人・ポニーテールの女の子だ。


「3人とも、何してんの。いつまでもそんな所にセシリア様を立たせたままにしてないで、早くこっちに来なって」


 言ってくれた彼女の事を何の気なしに見ていると、彼女と不意に目が合った。

 瞬間、彼女の目がギラリと光る。


(……あぁそうだった。彼女、『ファン』だった)


 向けられた視線の熱さに思わず驚いたが、すぐに前日のゼルゼンの言葉を思い出す。

 そう言えば彼女は午前中のツアーの中でも『伯爵様』関連の話が出る度にこんな目をしていた。


(きっとわたしも『伯爵様』の身内として、彼女の中では特別枠に入れられているんだろう)


 などと考えながら、その手招きに誘われるままに彼女の後に続く。



 彼女の先にはとあるテーブルがあった。

 部屋の真ん中のデンッと2つ、大人の膝丈位の高さの大きな長テーブルが置かれているのだが、その内の1つだ。


 この狭い部屋に置くには少し邪魔な大きさにも見えるが、おもちゃなどを部屋の端へと避けて置かれている辺り、もしかしたら必要な時以外は仕舞っている机なのかもしれない。



 熱さ漲る彼女の瞳から逃げられそうにないので、諦めて勧められた彼女の隣に着席する事にした。


 セシリアにとっては『着席』と言えば椅子へ座る事なので、地べたに腰を下ろす事も初めての体験だ。


(周りのみんなに倣って同じ様に座ったつもりだけど、合ってるよね?)


 等と思いながら、そろりと腰を下ろす。



 座って周りを見回すと、セシリアの周りは全て、ツアー参加者によって固められていた。

 今日の朝に合ったばかりとはいえ、全く知らない顔に囲まれるよりかは幾分も安心感がある。




 テーブルには、既に料理が用意されていた。


 配膳や後片付けがしやすいようにする為だろうか、銀色のトレイに食事が乗っている。

 トレイに食事が並ぶという光景も、セシリアにとっては初めて見る物だ。


 いつも料理は一品ずつ、大きめの皿に綺麗に飾られた状態で運ばれてくるのが常である。

 その為、全てのメニューがまるで敷き詰められているかのように並ぶその様は、セシリアの目には酷く新鮮な物として映った。



 トレイに乗っているのは、パンとクリーム系のスープ、サラダに目玉焼きとベーコン。

 いつもの食事と比べると、確かに何段階も質素である様に見える。

 しかし少なくとも見た目で「絶対に食べられない」というような感じは無いし、食べ物の分量もきちんと足りる様に用意されている。


 使用人達はセシリアが彼らと同じものを食べる事を渋っていたが、そんなに心配する様な事は無いのではないかと思う。

 まぁ、ただ一つあるとすれば。


(主菜って、どれだろう?)


 主菜というのはその食事のメイン料理の事だ。

 毎食食事にはそういうものが必ず一品存在し、それは一目で見て分かるくらいには他と区別された盛りつけになっている筈である。


 しかしそれが見当たらない。

 セシリアにとってはスープもサラダも目玉焼きもベーコンも、その全ては肉料理の添え物・または副菜という認識だ。


「ねぇ、この昼食の『主菜』ってこの中のどれなの?」


『主菜』とはその食事の中でのシェフの自信作でもある。

 出来る事ならばそれを分かった上で食べたいと思った為の質問だったのだが。


「え、『主菜』ですか?うーん……『主菜』というのかは分かりませんが、私は目玉焼きが一番好きですよっ!!」

「えー、やっぱりベーコンだろ」

「俺はスープ派かな」


 気になって問いかけてみたセシリアに、先ほどの少女とユンとグリムが順番に答えてくれた。

 しかしその答えは『主菜』というよりも自分のオススメを教えてくれている様に聞こえる。


 セシリアは彼らの言葉から話の噛み合わなさを感じて、少し首を傾げた。

 そして、とある可能性に行き当たる。


(――もしかしたらここでは、そもそも『主菜』・『副菜』という考え方が薄いのかもしれない)


 ふとそう思い当たった。

 そして、考える。


(そういう線引きをするよりも自分の好きな物を楽しむ方が、此処での食事では大切な事なのかもしれない)


 その流儀に合わせるならば、きっとセシリアがいつも行っている食事作法も、此処では邪魔になるかもしれない。


(よし、作法とかの事は一旦忘れて、取り敢えずみんなと楽しむ事を一番に考えよう)


 そう心に決めた。



 丁度そんな事を考えていたのとほぼ同時に、女性の号令が部屋に掛かる。


「はーい、皆食べる準備は出来ましたか?」

「「「「「はーい」」」」」


『子供部屋』の世話を生業とするミランダの声に、いつの間にか食卓の前に着席していた『子供部屋』の子供達全員が元気良く、返事をする。

 しかし。


(あれ、左側から声がしない)


 ふと声の数が足りない事に気が付いてセシリアがそちらを確認すると、そこに座っていたユン・グリム・ゼルゼンは無言のまま座っていた。


 しかしそれは『大人しくしている』という意味では無い。

 みんなが次の号令をミランダの次の号令を待っているというのに、彼らはもうその手にフォークを握ってスタンバイしている。


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