第26話 説明下手な兵士の説明

 


 ごたごたがあったお陰で少し時間をロスしてしまった一行は、少し速足で次の目的地へと向かった。


 因みにゼルゼンの懸念通り、道中セシリアは何度か転びそうになった。

 しかし繋いでもらっていた両手のお陰で、どうにか難を逃れる。


 ただしあまりにも短時間の内に何回も転びそうになったので、グリムには盛大に笑われ、ユンには激しく呆れられた。



 そんな3人の後姿を「どうやら上手くやれてる様だ」とホッとした様子で見ていたゼルゼンを知っているのは、セシリアの補佐として全体の安全を密かに見守っていたポーラだけだろうと思う。




 そうして最初よりも大分打ち解けた雰囲気を引き連れて、8人の子供達とポーラは次の目的地・訓練場へと到着した。


 訓練場とは、兵士の為に作られた広場の様な場所である。

 柵で周りを囲まれており、兵士達はその中で訓練をする事が許されている。


 その訓練風景は少し遠くからでも良く見えた。

 沢山の兵士達が鎧を着、武器で各々、素振りをしたり一対一の打ち合いをしたりしている様である。

 手前には訓練用の木刀などを仕舞う倉庫が、奥の方には弓兵用の的場があり、その周りにも数人の兵士達の人影があった。



 セシリア達から彼らの姿が良く見えた様に、彼らからもセシリア達は良く見えた様だ。

 お陰でセシリア一行は、すぐ相手に見つけて貰えた。


「セシリア嬢、よく来たな」


 言いながらやって来たのは、鎧を着た一人の男だった。

 彼は訓練場の真ん中あたりに居たが、セシリアの姿に気付き訓練中の兵士達の間をすり抜けてやってくる。


 大きな声で告げられた挨拶に、セシリアは笑顔で答えた。


「こんにちわ、ガルラミオ。ちょっと遅れてしまったわ、ごめんなさい」

「いやいや、これくらいは誤差の範囲だろ」


 時間は予定の7分遅れだ。

 しかし彼は豪快に笑いながらそう答え、子供達に「ガルラミオだ」という大雑把な自己紹介をしてみせた。


 因みにセシリアに対しても彼の口調が使用人らしからぬ少し粗暴なのは、先日打ち合わせ時に「公式の場ではないのだから普通に話していいよ」という許可をセシリアから貰ったからである。


 本来使用人は主人に敬語や敬称を使って話すものだが、彼があまりに変な敬語を使っていた為聞いてみた所、「此処に来る前は傭兵をしていた事もあり、どうにも敬語は苦手なのだ」という事だった。




 ガルラミオは子供達の顔を見回すと、何やら楽しそうな物を見る目で笑った。


「お前達、どうやら此処に来るまでにちょっとは打ち解けた様だな。打ち解ける事はとても大事な事だぞ。何て言ったって、俺達兵士にチームワークは必要不可欠なものだからなっ!」


 それはガルラミオの、野性的勘の賜物だった。


 実はガルラミオ、兵士団のNo.2の人物である。

 隊を預かる身でもあり、兵士経験の長い彼にとって隊を円滑に運用する為に人間観察スキルは必要不可欠な物だ。


 一種の職業病として身についているその勘が、初対面の人間同士の間に流れる特有の緊張感が和らいでいる事を感じ取っていた。



 そんな彼が言うのだから、一向の緊張感はおそらく緩まっているのだろう。


 それは彼の、褒め言葉だった。

 しかしセシリアは思わず苦笑を浮かべてしまう。


 良い笑顔で何だか嬉しそうな彼に、まさか「実は此処に来るまでの短い間に、既に衝突から和解までの工程を済ませてきました」などと報告するのは、少し気が引ける。

 だって彼はあくまでも『仲良しは良い事だ』というスタンスで、そこに嬉しさを滲ませているのだから。



 苦笑交じりにチラリと右隣を見遣れば、丁度ユンと目が合った。


 彼も苦笑い気味なので、おそらく同じような事を考えていたのだろう。

 同志を見つけて、ちょっとだけホッとする。




 そんな二人には結局全く気が付かなかったガルラミオは、自分に与えられた役割・先生役を務める為に口を開く。


「ところでセシリア嬢からは兵士の仕事について教えてやってくれと言われたが――俺は説明するのがとっても下手だ。だからあんまり期待しないでくれ」


 まず、そんな前置きをした。

 そして本題について話し始める。


「俺ら『兵士』は皆、オルトガン伯爵家に直接に雇われている。つまり、主人は国じゃなくて伯爵様だ。だからたとえ国から出兵命令が来たとしても伯爵様からの命令が無ければ動かないし、逆に国が「否」と言ったとしても伯爵様が「良し」と言えば戦う。まぁ、そんな事態には滅多にならないだろうがな」


 伯爵領の治安は良い。

 少なくとも此処12年程は、一度も内紛の発生は無い。

 他の領地からの進軍の兆しも無い為、基本的には平和なものだ。


「普段はこの屋敷の門番や見回り、伯爵家の誰かが外出する時にはその護衛。それ以外の時間を使って訓練をする。それが俺達に与えられた仕事だ。どれも大切な仕事だが、どちらにしても『何かあった時にすぐに動ける様に、常に身心の準備しておく』っていうのが一番大切だな」


 彼のその言葉で、セシリアは不意に『御者』での説明を思い出した。


(確かレノも『いつでも動くことが出来る様にしておくことも仕事だ』と言ってた)


 仕事によって作業ノルマがある仕事と無い仕事がある事を、セシリアはツアー計画時知った。

 しかしどうやら仕事は、執事やメイドの様に『毎日が本番な仕事』と、『本番の為に普段から準備をしておく必要がある仕事』という分け方も出来るらしい。


 心中でそんな事を考えていると、ガルラミオが「よし」と言いながらまるで空気を変える合図の様に、手をパンパンッと叩いた。

 皆の視線が必然的に彼へと集まる。


「つまんない説明はこの辺にして、今日は兵士達が普段してる訓練の体験をしてもらおうと思う」


 彼はそこまで言うと、少し遠くに置いてあった大きな箱をヒョイッと持ち上げて戻ってくる。

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