第27話 兵士の体験訓練

 


 運んできた箱をどさっと下ろすと、少し砂埃が宙を舞った。

 しかし彼はそれをものともせず、置いた箱を漁る。


「まずは、これだ」


 言いながら箱から出したのは、一本の木刀だ。


「これは一番基本的な武器、剣だ。相手を切りつけることで倒す武器で本物は鉄で出来ている。本物は当たればスッパリと斬れるが、訓練中は危険だから当たってもせいぜい痛い程度で済む物を使う」


 肩をソレでトントンと叩きながらそこまで説明すると、彼は体の前でソレを構えた。


「これはこう構えて――こう振る」


 言いながら、振り下ろす。


 剣を振り下ろした瞬間、ブンッという音が空を割いた。

 手本にと何回か振って見せてくれるが、凄い音である。

 きっと木刀でも、当たったら悶絶ものだろう。


 4、5回素振りをし終わると、彼は木刀を箱へと戻した。

 そして代わりに別の武具を取り出す。


「これは盾。自分や他の誰かの身を守る為の物だ。盾を使う場合はこう片手で構えて、もう片方に攻撃用の武器を持つスタイルが主流で、盾で攻撃から身を護り、戦う。あとは……これはちょっと変わり種だが、持ったまま相手にタックルするっていう戦い方もある」


 彼はそう言うと盾を先頭にして突進体勢を取って見せた。

 確かに彼の大柄な体でタックルされれば驚くし当たれば潰されてしまいそうだ。


「ただこれは、相手が複数人居る場合は使えない。一度タックルすると相手に当たった瞬間に少なからず体勢を崩すからな、その隙を突いて別の兵士からカウンターを食らってしまう恐れがある」


 彼はそう教えた後、手に持つ武器をまた変える。


「次は、これだ。これは槍と言う。攻撃の為の武器で、剣よりもリーチが長いのが特徴だ。棒の先に刃物が付いているため、剣の様に斬るのではなく、こう、相手を刺すのが正しい使い方。コイツはちょっと扱い方に癖があるが、きちんと使いこなせれば攻防一体の武器になる」


 言いながら、何度か刺すような素振りをして見せた。

 目にも留まらぬ速さで繰り出される切っ先が、シュッという音が空気を震わせている。


 刃を潰してあるとは言っても、当たればきっと突き刺さる。

 セシリアは冗談抜きでそう思った。


「さて、今日紹介する最後の武器がこれ、弓矢だ。これはこの弓と呼ばれるものを使ってこう構え、手を放すと矢が飛んでいく。遠距離用の武器だから、前衛を剣や槍を持つ兵士に任せて兵の後方から敵を狙い撃つ事になるだろう。此処で実践するのはちょっと危ないから今はしないが――あぁ、今丁度あそこで的を狙ってる奴がいる。見てろよー」


 そう言われてガルラミオが指を指す方を見れば、確かにそこには弓を構えた男が立っていた。


 彼の前方、視線の先にあったのは、1つの的である。

 距離は大体250メートル。

 本で齧った程度の知識だが、この距離で当てる事が出来るのは一流の中でも一握りだけだ。


 ドキドキしながら見ていると、彼はグッと弓を張り始める。

 そして少し的を狙う様子を見せた後、矢からスッと手を放した。


 ――パンッ。


 少し遅れて音が耳に届く。

 矢は的へと刺さっていた。


「見てもらった通り、遠くの物をいち早く攻撃するための武器だ。コントロールさえ合えば重宝される武器でもある」


「今弓兵は人数が少ないからな」と言いながら、彼はまた武器を脇に置いた。


 そして再び、子供達を見回す。


「以上が基本的な武器だ。中にはこれ以外の武器を使っている者もいるが、もし見習いとして入ったら基礎を固めてもらう為に、まずは今説明した武器の中から1つの武器を選んで訓練する事になる」


 彼の言葉に、「なるほど」と頷く。

 確かに色々な物に目を引かれるあまり全てが中途半端な訓練結果になってしまってはいざという時に兵士として使えないのかもしれない。

 そう考えれば確かに、1つの武器を選んで集中的に訓練する方法が一番良い気がする。


「ねぇガルラミオ、『兵士』に向いてるのはどんな人?」


 セシリアは、手を上げてそんな説明をした。


 武器の選択肢が多くある。

 選択肢が多いが故に、より多くの人がそれぞれの適性を見つけられる可能性があると思ったのだ。

 そうなれば、きっと兵士を『出来るか』よりも、兵士が『向いているか』の方が大切になる。


「うーん、そうだなぁー……」


 セシリアに問われて、ガルラミオは両腕を胸の前で組んで悩み始めた。

 筋肉質の腕がムキッと隆起する。


「まず毎日訓練をする必要があるから、体を動かすのが好きな奴じゃないと続かないだろうな。それから何かを守ってやるっていう気概のある奴じゃないと、やっててもきっと楽しくないだろう」


 ガルラミオは一つ、二つと指を折りながら答えていった。

 そして三つ目の指を折りながらこう、言葉を続ける。


「俺達の仕事は日々の生活に役に立つっていうよりも、有事に役に立つ仕事だ。だからその時に備えて頑張れる奴、何かがあった時に怖気づかない様にと頑張れる奴には適性があるだろう」


『怖気づかない様に』という言葉を受けて、「僕には絶対に無理そう」と言いたげな顔をした少年が居た。

 御者台でセシリアの隣に座った、彼である。


 しかしそんな彼を目敏く見つけたガルラミオは、彼を元気付ける様にこう言った。


「なに、最初から向かってくる奴の相手をするのが怖くない奴なんて、1人も居ないさ。いざという時に怖くない様にする為に訓練するんだ。度胸は生来の物ではない、十分鍛えられる」


 そんな励ましを受けて、彼は一応頷いて見せた。

 しかし見る限り、「やっぱり僕には無理」と思っていそうな感じである。


 しかし彼の肯首に満足したのか、ガルラミオは「よしっ」と言いながら豪快に笑った。

 そして全員に視線を戻す。


「それじゃぁ此処からは自由時間だ。好きな武器を触って良いぞ。素振りも、周りに当たらない様に気を付けるなら許可する」


 ガルラミオはそこまで言い切ると、自分は腕を胸の前でムンッと組んで子供達を見守る体勢に入った。


 こうして子供達に『体験訓練』という名のささやかな自由時間が与えられたのだった。




 ガルラミオの言葉に最初に動いたのは、ゼルゼンとユンだった。

 どうやら彼らは2人して武器の素振りをしてみたかった様だ。

 ほぼ同時に木刀を手に取る。


 一拍遅れて、他の子供達も動き出し、セシリアはというとそこから二拍ほど遅れて武器へと手を伸ばした。



 セシリアが手に取ったのは、槍である。


 彼女のその選択は、訓練をしている他の兵士達の中に居たとある槍の使い手があまりに縦横無尽に扱っていたのを見たからだ。


 まるでバトンを扱うかのようにクルクルと回して相手の剣の刃を防御し、向かってくる刃を縫って変幻自在に攻撃を繰り出す。

 そんな事が出来る彼に「凄いな」と思い、チャレンジしてみる気になったのである。



(あんなことがもし出来たら、きっと凄くカッコイイ)


 そんな希望を胸に武器を手に取ったのだが――。


 セシリアは直ぐに、『槍を上手く扱う以前の問題』へとぶち当たる。


 用意されていたのは子供用の訓練槍だ。

 しかしそれでもセシリアの体の大きさと腕力には、どうやら不釣り合いだった様である。


 残念ながら長いし重いしで、切っ先が地面に突いたまま上がらない。

 どんなに踏ん張っても上がらない。

 「うーん」と唸るような掛け声を付けても、上がらない。



 そんなセシリアの様子に、幸いにもユンとゼルゼンは気付かなかった。

 現在彼らは剣の素振りに夢中だ。

 丁度ガルラミオがコーチとしてソレを見、何か指導を加えている。



 訓練用で刃などは付いていないとはいえ、初めての武器との対面である。

 他の子達は皆、自身の手元に集中していた。


 ――ただ一人、グリムを除いて。




 彼は一生懸命槍と戦うセシリアに、大爆笑した。


 笑って見ている位ならちょっとくらい手を貸してくれても良いだろうに、彼は全くそんな様子は見せず、ただただお腹を抱えて嗤うのに忙しい。



 彼の爆笑に、特に熱心な2人以外の子供達の視線が段々と集まってくる。


 周りからの視線が痛くなってきたところで、セシリアは静かに槍を地面に置いた。

 そして以降は体育座りで、兵士達の訓練を眺める事にする。



 途中で、グリムが仏頂面のセシリアを慰めに来た。

 笑いに震えながら肩にポンと手を置き「ドンマイ、セシリア様」と言ってきたが、笑いが抑えられていない時点でその慰めは全くの逆効果である。




 結局、次のツアー会場に到着するまでの間。

 セシリアは移動中、一度もグリムと口を聞かなかった。


 そんな彼女の頑なさに「お前どうかしたの?」とユンが尋ねてきたが、それに対しても一貫してノーコメントを貫いたのだった。

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