第2話 俺は、最近。 -変化の到来とアイツと俺- 

 


『女神』降臨から数日後。

 俺はあの日の真実と共に、自らに新しい役割が与えられた事を両親から伝えられた。

 新しい役割とはなんと、今年4歳になったばかりの『伯爵様』の子供の世話である。


 今でさえ面倒なガキ共の世話を押し付けられているのに、加えて別のガキの世話ときた。

 俺がその事を不満に思わない筈がない。


「ふざけんな!!」


 叫ぶ様に抗議したけど、『伯爵様』が大好きな二人は俺の気持ちよりも伯爵様の御意向に従う方を選んだ。

 全く、子供不幸な親である。


 結局、当日俺は仕方がなくお父さんに手を引かれ、仏頂面のままとある場所へと向かったのだった。




 その日どうなったか?

 うーん、色々あったけど……。

 一言で言うなら『驚いた』だろうか。



 何の前兆も無く急に手を引っ張って連れていかれて、驚いて。

 キレた俺に「ごめんなさい」と涙目で謝って来た事にも、驚いた。


 だって俺の知ってる『チビ共』は、あんな事くらいでは謝ったりしない。



 アイツらは、基本的に言う事を聞かない。


 俺がどんなに怒っても、大して気にした様子も無い。

 すぐにケロッと忘れて遊び始めるんだ。


 だからちょっと振り払って怒っただけの俺に向かって謝ってきたり泣いたりするっていうのは初めての反応で、何だかとても自分が悪い事をしている様な気持ちにさせられたんだ。



 結局俺を引っ張っていった理由が『俺の為』だったって分かって、「俺もちょっと言い過ぎたよな」って思った。

 だから、謝った。


 仕方が無いので、涙を拭いてやって。

 仕方が無いので、アイツが俺を連れていきたがっていた花壇まで代わりに連れて行ってやって。

 そうすればアイツはちょっと驚いて、それから笑った。


 笑った顔は、別に可愛くなんて、なかった。




 それから、晴れの日はたまにあいつに呼ばれて外に出る様になった。


 アイツに会うのは、いつも昼間だ。

 大体3時以降の時間に、2時間ほど。


 場所はいつもお父さんが仕事をしている庭で、その庭の中でなら広い敷地で走る事も、ゴロゴロと転がり回る事も、アイツの趣味に付き合って花壇を見る事も許されている。


「呼び出すなら、その日じゃなくて前の日とかに教えとけよ」


 アイツに呼び出された、丁度5回目。

 そう抗議したら、彼女は「だって」と言い訳をしてくる。


「天気が悪いとお庭で遊べないし、天気が良くても急に遊べなくなることもあるもの」


 直前になって「今日は無し」ってなるよりは、その時に「暇だったら遊ぼう」って誘った方が良いでしょう?


 そう言われて、俺は「確かにそれはそうかも」と思った。

 期待していた物が急になくなるというのは、一日中残念な気持ちを引きずりかねない。


 だからそれ以降、突然呼び出される事に対して愚痴を言うのは止めた。




 アイツは、変な奴だ。


 走ったら必ずと言って良いほど転ぶくせに、花壇に植えられている花の種類や見分け方、薬効なんかは良く知っていたりする。


「お前、まだ小さいくせに何でそんな事知ってるんだよ? しかも、変な事ばっかり」


 俺の周りの一番頭が良い奴だって、そんな事は知らない。


 不思議に思ってそう聞けば「気になるから調べたのだ」と、まるで当たり前の事だと言わんばかりに答えた。



 よくよく話を聞いてみると、どうやらアイツはちょっとでも気になった事は何でもかんでも調べるらしい。

 そして一度調べた事は、全部覚えているらしい。



 そんなバカな、と俺も最初は思った。


 しかしアイツの知っている事の量はあまりに多すぎる。

 一度で覚えでもしない限り、あの年でこんなに沢山の事を知っているのもおかしい気がする。



 でも、物好きな奴だよな。


 だって例え何か気になる事があったとしてもわざわざ調べるなんて事、少なくとも俺はしない。

 誰か大人に一言聞いてみれば良いだけだからだ。

 答えてくれたら「ふーん」と思ってそれで終わりだし、答えてくれなかったとしても「まぁいいか」で終わると思う。



 因みに。


「何でお前はそんなに転ぶんだ」


 試しにそう聞いてみると、彼女はキョトンとした後で少し考える素振りを見せた。

 そして俺を真っすぐその瞳に捉えて、言う。


「わたしも何でか、分からないの」


 本当に不思議そうな表情で「何でだと思う?」と逆に俺に聞き返してきた。


 俺に分かる筈が無い。

 そもそも分からないから聞いているのに。


 そんな感じなのにその癖なまじ行動力があるから、面倒を見る俺はいつも困るんだ。




 ある日の事だ。

 庭にも慣れてきた頃、俺はもっと広い世界を、遠くを見て見たくて、とある木に登ってみた。


 いつもよりも高い視点から見えた世界は想像以上にどこまでも広がっていて。

 俺は木の枝に腰を下ろし、その景色を眺めていた。


 ふと、何故か下が気になってそちらに視線を向けた。

 すると、スカートをたくし上げて下から登ってこようとしているアイツの姿がそこにはあった。



 そうじゃなくても運動神経がどうにかなってるんじゃないかと思う程すぐに転ぶ様な奴だ。

 そんなことをしたら間違いなく、木から落ちる。


「そんな事、やってみなくちゃ分からないじゃない」とかアイツなら言いそうだが、冗談じゃない。

 お前程の運動神経の残念さなら、やってみる前から結果は分かり切っている。



 瞬間。

 アイツは案の定、木に掛けていた足を踏み外した。

 反射的に手を伸ばして、どうにかアイツの手を掴む。


 俺よりもずっと体の小さいアイツだ。

 俺の腕力でもギリギリ、アイツの体重を支える事が出来た。



 安堵に、腹の奥から思わず深いため息が出る。


「ありがとう」


 にぱーっと能天気な笑顔を向けて俺の腕にぶら下がっているアイツに、今度は呆れでため息を吐いた。


「……ほら、早く降りろ」


 そんなプランプランしながら笑ってないで、さっさとしろ。

 そう急かす。



 パッと見た感じ幸い怪我は無いみたいだけど、アイツもきっと怖くなっただろう。

 素直に降りる筈。


 そう思っていた俺の予想を、しかしアイツは裏切った。


「いや!! 私もゼルゼンと同じことしたい! 木の上から、見てみたいっ!」


 俺の真似をしたいのか、それとも『木の上から見る景色』に対する好奇心が働いたのか。

 はたまたその両方か。


 どちらにしても、こうなったアイツは酷く頑固だ。

 テコでも動かない事はもう既に実感済みだった。



 ……仕方が無いから、俺が上から手を伸ばして引き上げてやった。



 因みにその後、2人で木に登っている所を庭師のお父さんに見つかってしまい、俺はめっちゃ怒られた。


 自分も登りたいって言ったのはアイツである。

 何で俺が怒られないといけないんだ。




 アイツの事を、最初は『嫌なヤツ』って思った。

 でも今は、まぁ『変な奴』ではあると思うが、嫌いという訳ではない。


 第一、俺が見ていないとアイツはすぐに好奇心に突進していく。

 色々な事を知っていて普段は比較的静かな奴だと思うが、そういう時だけは自制が利かない。

 自分には出来ない事でも好奇心が勝ってしまうと、構わず突っ走る。



 この間も俺がほんのちょっと目を離した隙に、いつの間にか指から血を流していた。


 どこで何があったのか。

 何でそう度々『何か』をやらかすのか。


 聞いたところで本人は全く自覚していないので無意味だが、毎度問い質したくはなる。



 どうやらその時はお父さんからバラ採取の許可をもらったとかで、早々に自分で取ろうとしてまんまと棘を触ったらしい。


 ……絆創膏を持っていたから、仕方なく貼っておいてやった。




 本当にアイツは、一秒も目を離す隙が無い。


 お陰で俺は最近ちょっと、忙しい。

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