第4章:セシリア、4歳。 職業選択効率化の為に『おしごと』ツアーの準備をする
第1話 俺は、最近。 -いつもの日々が、変わる予兆ー
今日もいつもと変わらない。
朝起きてご飯を食べたら、『あの部屋』行きだ。
そう思えば独りでにため息が漏れる。
俺の生活は、朝起きてご飯を食べたら『あの部屋』に行き、そこでただただ似たような毎日を浪費する。
それだけだ。
この建物・使用人棟の中でその全てが完結していると言っても過言ではないと、俺は思っている。
何故なら俺たちは、使用人棟から外に出る事を基本的に許されていないのだから。
勿論、ずっと閉じ込められているという訳ではない。
週に一度は『温室行きの日』というのがあって、子供達はみんな揃ってその中で過ごす。
日光を浴びれるし、走り回れるくらいに広い。
だから室内よりは幾分かマシだが、それでも周りを囲まれている分、窮屈さは残る。
自分の意思でそこから外に出ることはやっぱり許されておらず、本当の意味で外に出ることが出来るのは移動中のわずかな時間だけ。
それも両親に手を握られているから、完全に自由な時間とは言い難い。
仕事休みの日には、両親がたまに屋敷の外に連れ出してくれたりもする。
しかし正直、それだけじゃ足りない。
すぐ傍の窓から外の世界は見えるのに、決して外には出られない。
その現実が、とても悔しい。
『あの部屋』っていうのは、伯爵家の使用人である両親が働く間、まだ働き始めていない子供達が集められる場所だ。
その数は1歳から7歳までの、合計22人。
部屋にたった1人居る大人が、みんなの面倒を見ている。
奴らの中でも今年最高年齢となった俺は、最近は特に年下達の御守役を擦り付けられる様になった。
周りの大人はみんな「小さい子たちの面倒を見るのは大きい子たちの役目」とよく言うが、堪ったものでは無い。
だってあいつら一々手がかかる割に全然言う事を聞かない。
そんな奴らの世話をするなんて、俺はごめんだ。
「面倒見るのなんか嫌だ」
そう言ってやれば、やっぱり大人達はみんな一様に困った顔をしてこう言うんだ。
「貴方が小さい頃も、当時の大きい子達が見てくれていたのよ」
でもそんな事俺は覚えていない。
俺の知ったこっちゃない。
まるで牢獄の中に居るかのようだ。
周りの大人達は、両親さえも「伯爵様は立派な方だ」「伯爵様に雇われている私達は幸せだ」とみんな口を揃えて言うが、そんなのは嘘だ。
だって俺は今のこの生活を、決して幸せだなんて思っていない。
せめて明日は今日とは違う『何か』があればいいのに。
そう思いながら眠りにつく。
でも朝目が覚めると、またいつもと同じ1日が始まる。
俺の苛立ちは、日に日に高まっていくばかりだ。
そんな俺に、転機が訪れた。
俺の、建物外への外出許可が貰えたらしい。
他の子供達の羨ましがる声をBGMに、俺はお父さんに連れられて外の世界へと足を踏み出した。
少し曇った日だった。
――外に出るなら晴れた日が良かった。
手を繋いで横を歩くお父さんにそんな文句を言ってみたが、曖昧な笑みで誤魔化された。
お父さんはいつもそうだ。
俺が「外に出たい」と言っても、いつも困ったような笑みで誤魔化す。
お父さんに連れられてやってきたのは、自分達が住んでいる所とはまるで違う世界だった。
建物は何倍も大きい。
大人が沢山横に並んで歩いても問題ないような広々とした廊下を歩きながら周りを観察してみると、辺りは綺麗に掃除されていて、塵1つ無い。
何っていうか、こう「よく磨かれている」っていう感じがする。
どれくらい歩いただろうか。
いつの間にか俺は、とある扉の前に居た。
握る手を少し強くしたお父さんは「粗相の無い様にしなさい」と一言、俺に言った。
繋いでいる手が急速に汗ばんでいく。
ジメジメして、ちょっと気持ちが悪い。
お父さんは少し緊張した様に深く息を吐いてから、扉を叩く手を握る。
コンコンコン。
ノック音に答える様に、部屋の中から「お入りなさい」という涼やかな声が聞こえてきた。
その声を確認してから、お父さんはゆっくりと扉を開ける。
外は曇りだというのに、まるで晴れの日の様にとても明るい部屋だった。
「失礼します」
そう言って部屋に入るお父さんに手を引かれるまま、一緒に中に入る。
フカフカのカーペットが敷かれた床。
指紋一つ付いていない大きな窓。
立派なテーブルや椅子。
その光景の物珍しさに、俺は思わずきょろきょろと辺りを見回す。
するとその奥に、ソファーに座る一人の女の人を見つけた。
その人は、今まで見た事のあるどの女の人よりも綺麗だった。
まるで女神が降臨したかの様だ。
その神々しさから目を離せずにいると、その人はそんな俺の視線に気付いた。
その人が、ふわりと俺に微笑んだ。
「ゼルゼン、ようこそ私のお部屋へ。こちらに来て座ってくれる?」
「何故俺の名前を知っているのか」という疑問を、この時の俺は抱かなかった。
俺はまるでその声に操られるかの様に、言われた通り彼女の向かいのソファーへと座る。
ふかふかのソファーの感触が、座ったお尻や突いた手越しに伝わってくる。
今まで感じた事が無いくらいの、座り心地の良さだ。
「あらノルド、何しているの?貴方もこちらにお座りなさいな」
そう声を掛けられ、お父さんは一瞬少し困った様な顔をした。
しかし追って告げられた「その方がゼルゼンも安心するわ」という彼女の言葉で、やっと俺の隣に座る。
(……一応座ったけど、4分の1座りくらいしかソファーにお尻が乗っていない。何でそんな座り方してるんだろう。こんなにふかふかで気持ちが良いソファーなのに)
そう思いながらお父さんを心配する。
このふかふかを堪能しないなんて勿体無いし、何よりもそんなんじゃぁすぐにずり落ちちゃうんじゃないだろうか。
「ゼルゼン、貴方は普段、どんなことをしているの?」
そんな風に思いながらお父さんを眺めていると、『女神』が俺に声を掛けてきた。
「おかしなことを聞く人だな」と思った。
話題が話題だけに、少し投げやり気味な声になってしまう。
「別に何もしてないよ。『子供部屋』に集められてボーッとしてるだけ」
「子供部屋では誰かと遊んだりしないの?」
「しないよ。同い年くらいの奴らはチビ共の世話をしててそれどころじゃないし、俺はチビ共とは遊ばない。あいつら、全然俺の言う事聞かないし面倒ばっかり掛かってつまんないんだもん」
彼女の言葉は日頃のフラストレーションを擽る物ばかりだった。
だからどうしても、声の中に刺々しい物が混ざってしまう。
「そうなの」
そんな俺の言葉を、彼女はニコニコしながら聞いていた。
隣では何故かお父さんが何だか落ち着きの無い感じになっている。
(『粗相の無い様に』って俺に言ってたけど、お父さんのソレは大丈夫なの?)
お父さんに逆にそう尋ねてやりたい。
「ゼルゼンは、お父様やお母様のお仕事についてはどう思っているの?」
「どうって言われても。生きていく為に大人は仕事をしないといけないんだから仕方が無いんじゃない?」
「そう。では、お父様やお母様が仕えている雇い主については、何か思う事はある?」
「それも別に。お父さんもお母さんも良く『伯爵様』の事を話すけど、それはお父さんとお母さんがその人を好きってだけで、俺にとっては会ったことも無い他人だし」
「俺には関係ない」と答えれば、彼女は何故か嬉しそうな顔をした。
(っていうか今更だけどこの人、一体誰なんだろう)
状況に慣れてくると、俺はやっとそんな疑問にぶち当たった。
彼女が何でこんな質問をするのか分からない。
でもそんな俺を尻目に、どうやらこの人は『何か』に満足したみたいだった。
「――うん、問題なさそうね」
「し、しかしゼルゼンはこんな、最低限の礼儀や言葉遣いも出来ないくらいで」
「そんな事は大した問題じゃないわ。だって私が探しているのは『あの子を敬い、従ってくれる子』では無いんだもの」
彼女はそう言うと、ニッコリと良い笑顔で笑った。
そして「では日にちの詳細はまた連絡するわ」と最後に言ったのだった。
あれは一体何のやり取りだったのか。
結局この日は誰にも、その答えを教えてはもらえなかった。
子供部屋に帰ると「外は一体どんな所なの?!」と質問攻めにされたが、俺は上の空だったと思う。
広い世界の綺麗な場所に降臨した、女神。
あの部屋の光景を思い出すが、あれは既に終わってしまった『非日常』だ。
あの日は「そんな夢の世界に興味を抱くだけ無駄だ」と思って、夢を忘れる為にゆっくりと目を瞑ったのだった。
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