第20話 執務室でお父さまと一緒
場所は、キリルの私室。
入口から彼を呼ぶ、可愛らしい声が聞こえて来た。
「キリルお兄さまー?」
その声にキリルが自室の入口を振り向くと、丁度半開きになっている入口の扉からヒョコッとセシリアが顔を出す。
その可愛らしい動作に思わず破顔すると、セシリアはその理由を知ってか知らずか、嬉しそうに微笑み返してきた。
「『おべんきょう』は、終わった?」
「うん、今ちょうどね。セシリーはもしかして、僕を迎えに来てくれたのかな?」
「うん!待ちきれなかったの!!」
そう言って、セシリアはえへへっと笑った。
(今日もセシリーは、安定の可愛さだな)
そんな風に若干の兄馬鹿を心中で拗らせながら、持って行く予定の勉強道具をサッと纏めてから席を立つ。
「そうだね、僕も楽しみにしていたんだ。何て言ったってお父様と並んで勉強できるんだ。今までそんな機会は無かったからね」
キリルは嬉しそうに答えた。
しかし次の瞬間ちょっと不思議そうな表情を浮かべて尋ねて来る。
「あれ?マリーは?」
「マリーお姉さまはダンスの『おべんきょう』だったの。終わったら直接行くって言ってたよ」
セシリアの言葉に、疑問を抱いた表情から納得のソレへと顔を変えた。
そして「じゃぁ僕達も行こうか」と優しくセシリアを促す。
こうして2人は本日の目的地・執務室へと向かったのだった。
***
コンコンコン。
扉のノックが執務室への来訪者を告げた。
「入れ」
短く告げられた一言を待ってから、扉がキィッと小さな音を立てて開く。
「失礼します」
「お父さま、きたよ!」
「あぁ、入りなさい」
書類を片手に顔を上げたワルターは、2人の姿を見留めると入室を促した。
室内へと足を進めるキリルと、そんな彼の後ろについて入るセシリア。
それぞれの後ろにはメイドが一人ずつ、付いて入室する。
「お二人とも、こちらの机へどうぞ」
優しい声色で着席を勧めたマルクの声に従って、2人は父の執務机の右脇に並んで3つ、新しく設置された机の前へとやってきて、奥から順番に着席する。
すると連れて来たメイド達が、部屋から持参した勉強道具をそれぞれの前に置いた。
そうして二人が自習の準備をしていると、扉が再度ノックされる。
「入れ」
声の後に、また扉が開いた。
次に現れたのはダンスホールから直行してきた、マリーシアだ。
「お父様、失礼いたします。あ、2人共もう来ていたのね」
『おべんきょう』の賜物だろうか、マリーシアは綺麗なお辞儀で父に挨拶して見せた。
そしてその後で彼女は次に兄妹に視線を移すと、嬉しそうにふわりと笑う。
「マリーシアお嬢様も、こちらにお座りください」
そうマルクに促されて、マリーシアも先の2人と同じように、残された最後の一席・扉から見て一番手前に着席した。
そうして三人が着席したのを確認すると、マルクが「では」とゆっくりとした調子で切り出す。
「私と旦那様は通常通り、執務をしております。お3方は持参しているお勉強をされるのも良し、旦那様のお仕事を拝見するのも良し、お好きに過ごされてください。もしも何か旦那様の執務について聞きたい事がありましたら、いつでも私にお声かけください」
そこまで言うと、彼は「ただし」と1つ、注意事項を伝える。
「あまり大きな声や音で他の方の集中を著しく阻害しない様にだけは、気を付けてくださいね」
その言葉に、子供達は揃ってコクリと頷いた。
するとマルクは「宜しい」と言わんばかりに微笑みながら頷く。
こうしてこの部屋で許可される事と注意事項を一通り説明すると、マルクは「では、それぞれ『おべんきょう』を開始してください」と優しい声で号令を出した。
その声を皮切りに、子供達はそれぞれ勉強道具に手を付ける。
キリルが持ってきたのは、地理の分厚い本と、真っ新な領内の地図だった。
彼は教本を開くとツラツラと書かれた文章を早々に読み始めた。
少し読み、顎に手を当てて少し何かを考えた後、地図に何かを書き込み始める。
マリーシアは一冊の本を持ってきていた。
この国の建国神話の書かれた本である。
彼女は教師に、この本を読むという宿題を出されていた。
建国神話は、この国に住む貴族は皆諳んじることが出来る程に浸透した、常識の範疇に分類されるものだ。
『おべんきょう』が始まり丁度4カ月。
アルファベットと簡単な単語は大方覚え終えた為、建国神話を使って既出単語の復習と新出単語の学習をする事になっている。
そして最後に、セシリアが持ってきたのは簡単な四則演算の教本だった。
彼女は国語では既にアルファベットをマスターしたので、現在簡単な単語を学習中である。
そして算数は数字という物の概念を覚え、現在は足し算引き算を勉強中だ。
どちらの教本を持ってくるかギリギリまで悩んだのだが、結局今回は算数の教本を持ってくる事にした。
そんな風にそれぞれがマイペースに『おべんきょう』を始める一方。
ワルターは子供たちの様子が酷く気になっていた。
日常の中にある、非日常の光景。
しかもそれが『子供達と同じ部屋で過ごす』という光景なのだから、気にならない訳が無い。
最近は特に、子供達とゆっくりと時間を取る事が出来ていなかった。
その為、嬉しさと彼らが何をしているのかという好奇心が自身の中にムクムクと育っていくのを、彼は感じていた。
そんなわけで、真剣な表情で机に向かい始めた子供達の様子を興味深げに眺めている。
しかし不意に、後方から咳払いが邪魔してきた。
ハッと我に返り、子供達に釘付けだったと気が付く。
そして咳払いが聞こえた方向に振り返った。
するとそこには、マルクが居る。
「旦那様もジーッとお子様方を見てばかりいないで、お子様方に倣ってさっさと執務を再開してください」
彼に視線でそう言われているのが分かって、思わず苦笑いを浮かべた。
(子供達がきちんと勉強しているというのに父である私が全く集中出来ていないこの現状は、確かに苦言に値するか)
ワルターはそこまで考えると、自分に心中で一喝を入れてから気を取り直して自身の執務を再開した。
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