第17話 ティータイムで提案してみた

 


 遅れてティータイムに訪れたセシリアを、クレアリンゼは快く招き入れた。


「こっちにいらっしゃい」


 母の陽だまりの様な微笑みでそう告げられて、セシリアは吸い寄せられる様に彼女の隣へと座る。



 席に着くとすぐに、子供の舌に合わせて適温に冷まされた紅茶がセシリアの前に用意された。


 先程少しはしゃぎ過ぎた様である。

 少し小腹が空いたセシリアは、ポーラに皿にサンドイッチを取ってもらった。



 目の前にやって来たタマゴサンドを見て、ソレが好物な兄の事を連鎖的に思い出す。

 そして「キリルお兄さまはまだ『おべんきょう』中かな」なんて考えながらパクついた。


(うん、美味しい)


 咀嚼しながらそんな感想を心中で漏らし、考える。


 食べる。

 たったそれだけで人をこんなにも幸せに出来るなんて凄い事だと、特に最近、セシリアは思う。

 それは『おべんきょう』ツアーで最近厨房へと行くからかもしれない。



 彼らは平民、セシリアは貴族だ。

 でもセシリアにとって厨房の彼らは、『私には出来ない事が出来る、凄い人』である。


(『おべんきょう』ツアーのお陰で最近色々な使用人達と話す機会も増えてきて、最近は特に『凄い』と思える人達に沢山出会えるようになった気がする)


 セシリアは最近の自身の周りの変化を、そんな風に感じていた。


 しかしそれは以前も居た人達で、同じことをやり続けていた人達だ。

 だから本当の所は『周りが変わった』と言うよりも、『セシリアが変わって周りが見える様になった』と言った方がおそらく正解なのだろう。



 周りへの気付きを齎したのが『おべんきょう』ツアーである事は間違いないが、別にそれを狙ってツアーをし始めたのではない。

 それは明らかに本件の、嬉しい誤算だった。



 作ってくれたコック達に感謝しながらサンドイッチでお腹を満たしていると、クレアリンゼがおもむろに声をかけて来た。


「今日は珍しくティータイムに遅れていたけれど、何かしていたの?」


(この子の事だから、きっと何かに夢中にでもなっていたのではないかと思うけれど)


 クスリと笑いながらしたクレアリンゼの推理は大当たりである。


「お父さまの執務室で、お父さまのお仕事を見て『おべんきょう』してたの!楽しかった!!」


 返ってきた言葉に「やはりそうだったか」と独り言ちながら、今度は「しかし」と首を捻る。


(夢中になっていたものが父親の執務風景というのは、なんというか、子供にしては少し渋い選択肢ね)


「一体何をそんなに夢中になる事があったのか」と更に尋ねようとしたが、余程楽しかったのか、尋ねるまでもなくセシリアが勝手に話し出す。


「マルクが紙をわけて、お父さまが『決裁』するの!それで2人で相談して、マルクは『資料室』に行って前の紙を取ってくるの。お父さまもマルクも、紙が山みたいでとっても頑張ってたよ!!」


(――なるほど、どうやら二人の仕事風景を観察し役割分担や仕事内容を知るのが楽しかったらしい。そして仕事の多さにビックリした、と)


 大まかな所を察して、クレアリンゼは微笑む。


「そうなのね。お父様のお仕事は領民の暮らしを良くするためのお仕事だもの、沢山の領民が居る分、仕事も沢山あるのよ。お父様のお仕事の大変さと凄さをセシリアが知ってくれて私も嬉しいわ」


 父の仕事の一端に触れるという事は、彼の忙しさを知る事だけでは無い。

 貴族の仕事とは何たるかを知る事でもある。


 そこに興味を持ってくれた事、そしてその事を楽しそうに話すセシリアの様子に嬉しさを覚えつつそう答えた。



 瞬間。

 セシリアは何かを思いついた様だった。

 「名案だ」と言わんばかりに、パァーッと表情を明るくする。


「あのね、お母さま。お願いがあるの」


 そう言うとまず、体を正面になるように向けて姿勢を正す。

 そしてクレアリンゼの目を真っすぐに見詰めて、こう言葉を続けた。


「たまにでいいの。わたしもお父さまのお隣で『おべんきょう』がしたいの」


 クレアリンゼに向けた瞳は好奇心と知性の両方に、爛々と輝く。


(あまり会えないお父様と同じ部屋で勉強したい)


 そんな気持ちが浮上する。


 今日父親と共にした時間は、たったの1時間にも満たなかった。

 しかしそれだけでも、セシリアにとってはとても楽しかった。

 その一因に、普段は中々構ってもらえない父と同じ部屋に居れた事がある。


 執務室で『おべんきょう』がしたい理由は、勿論それだけでは無い。

 ちゃんと母を説得できる材料だって持っている。

 でもまず最初に、この感情があるからこその提案だった。


 お父さまと、『おべんきょう』をする。

 その目標を達成する為に、セシリアはこれからぶっつけ本番のプレゼンを敢行する。


(頑張れ、私)


 そうやって心中で一度自身に喝を入れてから、セシリアは口を開いた。


「執務室で『おべんきょう』出来たら、お父さまの凄さももっとよく分かると思うの。それに今日、お父さまとマルクが2人で難しいお話をいっぱいしてたの。意味はあんまり分からなかったけど、わたしもちゃんと分かるようになりたいなって」


 それらは全て、嘘や方便などでは無い。

 確かに今日、あの場に居て思った事ばかりだ。


 そして私自身素直にそう思えたからこそ、そこに今回の勝機がある。

 セシリアはそう思っている。


「それらについて『おべんきょう』するにはいっしょのお部屋で『おべんきょう』するやりかたが、一番『効率的』だと思うの!!」


 それは、今思い付いたにしては上出来なプレゼンだったと言えよう。


 必死のソレに、クレアリンゼは「ふむ」と考える素振りを見せる。




 セシリアの言にも、一理ある。


 執務を行う父親の様子を見る機会が定期的にあれば、父が凄い仕事をしている事も、領地経営という仕事がどのようなものなのかも確かに学ぶことが出来るだろう。


 それに、クレアリンゼの持論と『執務中の2人の会話を聞く』行動は、ソレが齎す効果の合致する部分が多い。



『大人の言葉に早い内から慣れさせることで、より早く大人の会話がきちんと理解出来るようになる』というのが、クレアリンゼの持論だ。


 大人の会話を理解できるようになる為には、さながら外国語のリスニング練習をする時と同じ様に、聞く耳を言葉に慣れさせる事が必要である。

 その教育の一環として考えれば、仕事の内容を見てもらう以外にも利があるのは確かだ。


(『執務上必要な話をした結果、それが子供の育成の為にも役立つ』という流れは、確かに一石二鳥ではある。十分効率化な提案だ。――うん、良いかもしれない)


 クレアリンゼはその口元に微笑を湛えた。


(でも同時に、これだけじゃまだ足りない)


 だからこう、結論付ける。


「だめよセシリア」


 言い聞かせるように告げられたクレアリンゼの言葉に、セシリアのテンションは急降下した。

 しかし次の言葉に、今度は急上昇する事になる。


「一人じゃだめよ。せっかくするなら、キリルとマリーシアも入れて3人でしないとね。その方がより『効率的』よ」


 その言葉にセシリアはたっぷり2秒程、その言葉を噛み砕く時間を要した。

 そしてその意味を理解して、バッと顔を上げる。



 見上げた瞳がクレアリンゼの優しい瞳とかち合った。


「早速、お父様と日程を調整しましょう。決まったらすぐにセシリアにも教えてあげますから」

「うん!ありがとう、お母さま!!」


 もう実施する事は決定事項だ。

 そんな声色で告げられた言葉に、セシリアは喜びに頬を染めて頷いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る