ゴーストアカウント
雪見うさぎ
第1話
レースのカーテン越しの光に顔を顰めて目を覚まし、手に少し力を込めた。……冷房のタイマーが切れてこんなに暑い部屋だったというのに、今日も恐ろしく調子がいい。
俺は、最近続いている寝覚めの良さに感動を覚えながら大きく伸びをする。それからフッと勢いづけてベッドから身を起こすと、すぐにスマホから充電器を抜いてLAINを開いた。
通知二件と記載されているその横には確かに「SANA!」の文字。メッセージを開けば、「おっはよう、零斗!今日もよろしくね〜!」というテキストと一緒に、おっさんスタンプが添えられていた。
このおっさんスタンプは紗奈が一目惚れしたと言っていたのを俺がプレゼントしたもので、それからずっとこのおっさんはLAINのチャット上に出没し続けている。相も変わらずのダンディーおっさんを見て「やっぱり紗奈だなぁ」なんて思いながら頬を綻ばせて、外出の準備を始めた。
今日行くのは、隣県にある小さな神社である。県をまたぐといっても、俺が住んでいる地域は今日行くf県との県境が近いから、最寄りから急行で五駅だ。
それでも、ここ一年学校以外の外出がほぼ無かった俺が、例年よりも暑い炎天下の中を連日出かけ続けている。両親はきっと首を傾げていることだろう。しかし、喜んでもいるのだろうな。母は、明日もまた出かけると言った次の日には、熱中症になるといけないと言って水筒を準備してくれた。
今日で四日目になるので、累計三本目の水筒を受けとって家の扉を開けた。夏の強い日差しとむわっとした熱気が俺に襲いかかるが、それで外出が嫌になることはない。
俺は、解けていた靴紐を結びながら、この急な外出の原因である、とある「非現実」を回想した。
꙳★*゜
その内容が何であれ、熱中するということは、生きる上で大切な彩りを添える事と同義だと言えるだろう。俺の世界がモノトーンになってもう一年が経つが、未だに新しい絵の具を手に入れられる見通しは無い。
「さてと、墓参りに行ってやらないと、な」
暑い夏の日差しが弱まった夕方頃に家を出た俺は、途中で花を買ってから到着した寺の中の、とある墓の前で立ち止まった。
手を合わせる……。
近況報告をしようと思っていたのだが、よくよく考えてみれば、ここ最近の特別なことなどひとつもなかった。いや、覚えていないだけかもしれない。情報の少ない黒の濃淡だけで出来た世界は、どうにも俺の頭を滑って抜け落ちてしまうのだ。だから、俺はただ冥福を祈るばかりだ。
瞑っていた目を開けて、顔をあげる。
──ぺぺーん!
どこかこの世から外れたように静かだった墓場は、気の抜けた通知音によって現実に引き戻された。
静寂の余韻に浸っていた俺も当然我に返る。
思わず、目の前の墓を二度見した。そこには、しっかりと「高田紗奈」の文字も刻まれている。
……ただし、スマホにも「SANA!」の文字。ちょうど一年前の最後のメッセージから途絶え続けたチャットは、今日、何故か急に長き沈黙を破った。
鳥肌が立つ。強い緊張の中でチャットを開いた。
「やっほー、久しぶり!」
一体誰が送っているのだろうか。苛立ちを募らせる。アカウントを奪ったのか?何にせよ、偽物がなりきっているとしか思えない。俺は死者への、幼馴染への冒涜を許せなかった。
「こんな事をして何が楽しいんだ?
本人じゃないことは分かってるんだ」
返信はすぐだった。
「もう!ホントに私だよ!
じゃあ、私しか知らないことをいえば信じてくれる?」
「もちろん
なんでも言ってみるといいよ」
「えっと、じゃあ──」
✩.*˚
紆余曲折あったが、俺はSANA!のアカウントからのチャットは、死んだ紗奈本人によるものだと信じることにした。……俺の名誉のために、紗奈に何を言われたかはここでは明かしたくない。
それにしても、俺は本当に一年間で変わってしまったのだな。さっきの俺は、死んだ人間からチャットが来るなんて、思い浮かんですらいなかった。しかし一年前の俺ならむしろ、真っ先にその可能性を考えたことだろう。
あの日、「オカルトを愛してやまなかった俺」は、紗奈と一緒に死んだ。心霊スポットからUFO多発地帯まで、いくつものオカルト系スポットを探索した俺たちは、一年前に二人一緒に消えてしまったのだ。
紗奈は、最後に調査したあの話をもう一度調べて欲しいと言っていた。自分が神社の階段から転落して死んだことで、結局調べられなかったオカルト話だ。あの死は、ただの不注意による、不幸な事故だった。誰のせいでもなかったのだと今はそう思えるようになっている。
最後の望みくらい──。俺は神社を探索することに決めた。
✩.*˚
こんな噂があったらしい。
──今から二、三十年前、ある一組のカップルがいました。彼らは高校生でした。幸せに過ごしていたふたりですが、親の都合で女の子は引っ越すことになってしまいます。
女の子は、昔男の子から貰ったオルゴールを後生大事にしていました。彼女は、ふたりでよく縁側に座って暇をつぶしていた神社に、それを埋めました。
裏の井戸の傍、印として十字のキズを付けた木の下です。
──私はいつかきっと、必ずここに帰ってくる。その時に、掘り返すのだ。
それはある種の、女の子の決意の形でした。
しかし、オルゴールが再び外気にさらされることは二度とありませんでした。
女の子は、引っ越しの途中で事故に遭い、亡くなってしまっていたのです。男の子は、ずっとそれを知りませんでした。彼は、待ち続けました。
男の子は、立派な男になった頃に重い病にかかりました。
彼も、数年の後に女の子の後を追うことになりました。
しかし、それでもまだ、女の子を待ち続けている物がありました。オルゴールです。暗い地中に放置されたまま、長い年月が経ちました。箱型のオルゴールは、持ち主の手に戻る日を待っています。神社に行って耳をすませば、今もオルゴールの音色が聞こえて来るかもしれません──。
紗奈は、これを調べに行く途中で階段から落ち、石畳に頭を打ち付けて死んだ。最後の探索の場所が気になるというのは、紗奈にとって当然のことだろう。そう思った。
この探索で最も大変なのは、どの神社が噂に出てくる神社なのかが分からないということだ。幸いある程度の地域は明かされていたので、候補は四社。昨日までの三日で調べたこれまでの三社は井戸などなかったので、ここが最後の一社だ。
いつの間にか熱が入っていた探索。ずっと家にこもっていた時と比べて気分がいいのは、やっぱり俺はオカルトが好きだからなのか、それとも他に理由があるのか……。
何にしても、ここを見ても井戸など見当たらなければ都市伝説がウソだとほぼ確定する。俺は、この手の話はデマも多いことを、実体験からよく分かっていた。
紗奈は、「見つかるといいね!」などと軽い調子だったが、作り話だとすれば相当にショックなはずである。俺はスマホの中のオッサンを見ながら、何か少しでも収穫がある事を強く願った。
✩.*˚
オルゴールの音が聞こえる。俺は、そこそこな長さがある階段の途中でそれに気がついた。一段飛ばしで駆けて、神社の裏に回る。獣道。ビンゴだろうか。草葉をかき分けて進んだ。その先には、噂の通りの井戸があった。オルゴールがうるさい。頭に直接流し込まれるようだ。音色は落ち着いているのに、頭が割れそうになる。霊現象は、久しぶりだ。噂通りだとしたらキズは……これか!
痛みに構わずスコップを地面に突き立てる。掘り進めていく。ガンガンと痛む頭に意識が朦朧とする。俺は、そこから先は覚えていない。
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