第153話 瞬く新しい世界

 グリモアのスクリーンに映し出された、光球に守られた大魔王ツクヨミ。

 その手に眠っている天使を見た、ツクヨミ自身は大きな疲労と、安堵を宿していた。


 今の状況がわからないラシャプはグリモアに確認する。

「今、ツクヨミが持っているのが光の獣……しかも最後の光の獣と言わなかったか? あれは止めるか回収できないのか? もう一度、主砲を使って消し去ってもいい」


 三つの問いにグリモアは答えを出した。


「最後の……それは文字通り、最後に使われる最大、最強の光の獣です。無垢なる天使は起動に恐ろしいほどのエネルギーが必要で、たぶん大魔王ツクヨミも魔力を使い果たし、本艦グリモアも同様で、数日のエネルギーの回収が必要でしょう。よって、再攻撃は数日後になります。そしてこれが一番大切なのですが、無垢なる天使は起動したら、願いが叶うまで止まることはありません」


 底なしの魔力を持つツクヨミが力を使い果たし、銀河を破壊できるグリモアの主砲の最大パワーで、やっと起動する最後の獣。

 無垢なる天使が、まったく想像がつかないラシャプは、スクリーンで拡大された、ツクヨミの両手の上で眠る天使をしばらく見ていた。


「……何も変わりはない。本当に最後の獣は動くのか。今までの履歴を教えてくれ」


 変化がない状態が逆に不安を掻き立てる、ラシャプが無垢なる天使についてグリモアに聞いた。


「詳細な情報はありません。無垢なる天使が造られたのは、我々、天の神子の時代から遡るところ20億年、前時代は天の神子を越える科学を持った人類がおり、宇宙の覇権をめぐって、銀河を破壊するなど、巨大な戦争を起こしていたようです。果てし無き争いを止めるために、作られたのが最後の獣、無垢なる天使です。かつて天の神子の十二翼の戦乙女の、第七翼の艦長光速のシヴァが使用した事が記録されています」


 ラシャプは要領を得ないグリモアの言葉に、次の質問をしようとした時、スクリーンに変化があった。ツクヨミの手から無垢なる天使が上昇を始め、ツクヨミを囲う光の玉を突き抜けて、宇宙へと飛び出した。


 スクリーンで追従するラシャプの目に、最後の獣の変化が現れた。


「……大きく……大きくなってないか!? グリモア測定してくれ」

 グリモアは観測装置を使い正確な情報を伝える。

「無垢なる天使は急速に大型化しています、その大きさは……現在、本艦と同じですが、この速度で大型化がすすめば、三分後には太陽の大きさを越えます」

 

 最後の獣は眠った姿のままで、どんどん大きくなっていく、その巨大さは太陽を越え、太陽系をすっぽりと包み込むまでになっていた。

 しかし、無垢なる天使は止まらずに、広がり続ける。



「報告します、無垢なる天使は現在銀河の半分の大きさまで広がりました。ただ、質量はゼロ、エネルギーもゼロです」

 かつてない、あまりの事に、長い間スクリーンを見ていたラシャプが唸る。

「まるで宇宙をスクリーンに最後の獣を投影しているようだ」


 そして無垢なる天使はついに銀河を越える大きさまで広がりを見せた。


「なにが起こる? この母なる旗艦グリモアに怖い者などいないはずなのに」

 ラシャプは大魔王ツクヨミに話しかける。


「ツクヨミ。今更何をやっても無駄だよ。すでに異世界の地球は跡形もなく消え去って、おまえの守る人、息子のバアル、娘のアーシラト、エール王国も、イルもアイネも、村人も王様も等しく宇宙の塵になった! エネルギーが溜まったら、この銀河を手始めに、宇宙そのものを消してやる!」


 ラシャプの言葉に大魔王が呟く。


「目覚めて最後の獣」


 短い言葉の後、銀河を越える大きさになった、無垢なる天使は身体を動かし始めた。膝をかかえたポーズから身体を真っすぐに起こして、その背に抱えた12翼を宇宙へと広げていく。


 十二翼の全てが広げられたとき、無垢なる天使は輝きだし、銀河も同調するように輝きを増した。


「何が……起ころうとしている!?」


 ラシャプの呟きの直後、無垢なる天使は目をゆっくりと開けた。


 銀河中に流星ののように数えきれない光が流れる、銀河を突き抜ける数えきれない数の光の筋は、グリモアに騎乗するラシャプにも降り注ぐ。


「なんだこの光の筋は……グリモアの装甲を突き抜け内部にも入ってくる。そして僕の身体も通りぬけていく……痛くはないし、何も感じない……というより、心地いい」

 

 突き抜けていく光の束。ラシャプ自身も輝き始める。


「……昔の事が思い浮かぶ、僕が幼い時に魔法で悪戯した時、母さんと父さんに怒られたっけ……その後に二人は交互に、思いっきり抱きしめてくれた……これは幻想か、こんなもので僕は変わらないぞツクヨミ」


 全身が光に貫かれ、徐々に崩壊を始めたラシャプの前に人影が立つ。


「マスティマ!? 母さん。今更なんだというんだ……でも……これも悪くはない」

 マスティマの、母の人影にくるまれて、崩れ落ちていくラシャプ、光は完全にその体を消し去った。


 銀河を光の筋が覆い、無垢なる天使が一瞬、強く輝いたときに大魔王ツクヨミの言葉が銀河に広がった。


「人は生きるほどに罪を背負う。だが、忘れてないはずだ陽だまりの記憶」


 ツクヨミの言葉が終わると、無垢なる天使と銀河の輝きは消えた。



 何もない空間。真っ暗な宇宙。


 そこに一人で浮かんでいる、無垢なる天使。

 静かに広げた天使の手の中には、今生まれたばかりの銀河が瞬いていた。








 

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