第145話 マスティマ

 蒸発を始めたラシャプの騎乗する古代の機神に「勝った!」アナトが飛びあがって喜び、イルは安堵の色を見せ、疲れた表情のアイネと静かに剣を納める、バアルとグレン。


 何度も飛び上がりながら、アナトが全員に言った。


「やったね! そしてありがとう……みんな!」

 父親の仇をとった、アナトを中心にパーティが集まった。

 ラグナロク、最終決戦を制した、喜びと安堵の表情を浮かべていた。


「これでお父さんも」アナトの想い。

「これで母さん、大魔王は家に入れてくれるかな」バアルの想い。

「しばらくのんびり愚痴りたいなあ」イルの想い。

「父さんまだまだ未熟だけど頑張ったよ」グレンの想い。

「すべての力を使い果たした」震える手を見ながらのアイネの想い。


 完全に破壊されて、動かない筈のブルーノヴァの右手が光った。

 疲労で反応できずに、撃ち抜かれるアイネ。

 倒れるアイネの身体をアナトが受け止める。


「アイネ! 大丈夫?」

 アナトが名を呼ぶと、アイネは抱かれながら顔を見た。

「どうしましたアナト……つものあなたらしくないです」

 アナトの怒りの表情に、髪を撫で微かに笑うアイネ。

「あなたでも。そんな声を出す時があるのですか?」

 抱いているアナトの手がアイネの血で染まる。


「ラシャプ……絶対に許さない!」

 バアルにアイネを任せ、倒れた機神を目指して歩き出すアナト。


「もう絶対にラシャプ。あたしはあなたを許さない! 殺してやる!」

 アナトは縮地で飛び,カチカチと音を出している、壊れた機神ブルーノヴァの前に立つ。

「いい加減にしなさい! ふざけるなラシャプ! もう決着はついたのに悪あがきは止めろ! あたしの大事な仲間を傷つけるな!」


 アナトの怒りに闇の王が答えた。


「おやおや、父親の時と同じで、まったく成長してないな。怒りで現状を把握できていないようだね。君たちは確かに凄いよ。異世界転生の力は特にね。だから僕は身に受けたんだ「君たちの最高の技と魔法」をあえてね」


 ラシャプの声と共に立ち上がった機神ブルーノヴァは、自己修復を終えていた。


「全システム再起動完了。エナジィパワー現在95%。更に上昇中」

 OSラバーズがラシャプに、戦闘が可能となったことを通知すると、ラシャプは笑みを浮かべた。


「さて、みなさん。このブルーノヴァが機神と呼ばれる理由を話そう。この神の鎧は敵の攻撃から生き延びる度に、相手のスキルを覚えるラーニングシステムを搭載しているのさ。どうも制作者が古いゲームからヒントを得たようだが、その名の通り学習機能だね」


 ラシャプが話し始めると同時に、ブルーノヴァの機体の全部位に魔法陣が廻り始めた。


「惜しいねえ。いい所まで来ていた。あともう5%、エナジィを削れば僕は消滅した。さて、全員のリーサルスキルはラーニングさせてもらったよ。おまえたちの要であったアイネはもう動けない。ジャンプで逃げる事は出来ない……クク、ハハ」


 ラシャプが嬉しそうに自分の勝ちをに誇った。


「言っておくけど、ラーニングした攻撃はブルーノヴァには効かないよ。長所は勿論、弱点も解析出来るからね。じゃあ、この世界の最高の攻撃を君達自身で味わってくれたまえ……ラバーズ全パワーを放出だ!」


 ラシャプがラバーズへ全力での攻撃を指示した。


「了解! スキル発動! シャイン、フリーズバイト、ソニックブレード、ヘキサグラムフォース……ラーニングしたスキルを全て発動します。エナジィパワーを最大出力へ移行します」


 ラシャプが機神に攻撃指示を出す。

「よし。いけ」

 直後にブルーノヴァの装甲が回転し、現れた主砲にエネルギーが集まる。


『超破壊兵器 シャイニングブラスト発動』


 ブルーノヴァが真っ白に輝いた。

 空中から光の弾丸が降り注ぐ。

 床に命中した光の弾丸は爆発を繰り返していく。

 バアルたちのパーティの必殺の魔法と、剣技を同時の発動が全員を吹き飛ばした。



「全弾命中。敵パーティの戦闘力低下。生命力低下中」

 ラバーズからの報告を受け、ラシャプは冷静に命令する。

「ウェポン収納。防御シールドを回復せよ」

「了解。エネルギーを機体修復に回しながら、防御シールドを降ろします」


 ラシャプがブルーノヴァの中で呟く。

「焦る事は無いさ。友情パワーとか食うのはごめんだよ。あとは一人一人、止めを刺すだけだ。どんな声で叫ぶのかな……楽しみだ」


 倒れている五人に近づいたラシャプは、まずアナトの右手を踏み砕く。

「うぐ、きゃああああ!」

「おや? これは、申し訳ない。両手はセットですよね……姫君」


 今度はアナトの左手を踏み砕く。

「うう……」

 両手を砕かれた激痛で、意識が遠のくアナト。


「おや? もう意識が無いのですか。これは残念」

 ニヤリと笑うラシャプ。

「じゃあ綺麗な顔を潰しましょうか。熟れたトマトのようにね……」

 ブルーノヴァが、アナトの顔に足を乗せた。


「やめなさい!」

 勝利を確信したラシャプの騎乗する、神の鎧ブルーノヴァと倒れている勇者たち、 

 巨大な部屋に女の声が響いた。

「うん? この声は……マスティマ女王……母上か」


 かつてのマスティマ女王の居城だった、グリモア城の地下室。

 広大な空間に、アイネが立ち上がった、本人には意思はなく、同居するマスティマが身体をうごかしていた。


 転生を繰り返して悠久の時間を過ごしたマスティマは、自分の存在が逆にこの世界の脅威になっていると感じて、甘んじて機械化を受けた。

 だが、心だけはアイネに残した。

 それはこのような事態、息子であるラシャプが地上に出て、天の神子の超技術を起動した時のために。

 

「なるほど。天の神子の遺産を僕が起動し、勇者を倒したので完全に、マスティマの心が起動されたわけだ。この世界の覇者である僕を止める為に」

 ラシャプの言葉にマスティマの心が語りかける。

「あなたの力はこの世界にあってはならない。やめなさいラシャプ」

 今、つぶそうとしたアナトの頭から足をどけたラシャプ。


 三十年前に大陸を平定して、神人の命令によって機械にされた、心をアイネに残したラシャプの母の言葉でブルーノヴァがピタリと止まった。

 ほっとして笑みを浮かべたマスティマ。


「おやおや……随分と人間みたいにおなりになった」

 ラシャプが落胆の表情を見せる。

「母さん……いやマスティマ。邪魔はしないでおくれ。僕はこの世界で一番の者になったんだよ。大陸を破壊した後は神人の国ゴッドパレスへ乗り込んで、奴らを皆殺しにするんだ……そうなれば僕がこの世界の神となる。それはあなたを機械の玩具にされた事への報いでもある」


 ラシャプの前に倒れた勇者たちを、守るように先に進み立った、マスティマの声は悲しげだった。


「そんな事をすればラシャプ……あなたはまた一人になってしまう」


 クク、アハハ、最初は静かに途中から大きく笑い声をあげた闇の王。


「独りぼっちだったさ……神人の命令とはいえ……そして世界の平和だと!……そんな理由で僕は地下に封印された。納得できた。でも大きく違っていた。僕を封じたのはマスティマ……僕の母親だったわけだ」


 マスティマは変わり果てた闇の心を持った息子に悲しい瞳を見せた。


「知っていたの? 私があなたを直接に封じた事を」


 ラシャプは無感動に答えた。

「だいたい、天の神子を自由にするなんて、その子供の僕を含めて、神人にはできるわけがない。格が違いすぎる。数十億年も宇宙で戦い続けた種族なんだよ天の神子は……今更、そんな表情を見せても無駄だよ。本当の母親から封印された僕は数十年の孤独の中で思ったよ。自然や太陽、いきいきと暮らす人々。そしてあなた……母親を、この世界の全てを愛おしく想った。でもいつからかそれは、激しい衝動に駆られるようになった……すべてが妬ましい……すべてを消し去りたいとね」


 寂しそうに首を振ったマスティマ。

「すべては私が招いた事。天の神子の血の力を使い大陸を平定した。同じく戦ってくれたアガレス恋に落ち、あなたを産んでしまった……」


 マスティマの言葉を聞いても、ラシャプの冷徹な表情は変わらない。

「今さらだね。あなたは失敗だと言うんだね。大陸に平和をもたらした事も、恋に落ちて僕が産まれた事も」


「それは違うわ」否定するマスティマ。

「私は後悔などしていない。でも、天の神子の子孫が、その力を行使する事は間違いだった。でも、あなたを産んだ事に、私とアガレスは大きな幸福感を得たのは真実」


 マスティマの言葉に初めて感情が反応したラシャプ。

「……そうか僕は愛されていたんだね……まるで犬猫のように。必要がなくなれば簡単に捨てる事が出来るほどにね」

 

 ラシャプはOSラバーズへ命令を下す。


「あなたは女王マスティマ……天の神子は思考とエネルギーだけ、つまり肉体を捨て去った者。消えてもらうには神の武器が必要だね。この機神ならできるだろう。それであなたの想いは消えてくれるかな? 攻撃命令。マスティマのエナジィを消滅させろ! ブルーノヴァ!」

 ラシャプはマスティマの本体、エナジィの消滅をラバーズに命令した。


「了解。武器を変更します」

 ラバーズの復唱を聞いてラシャプはため息をつく。


「勝手に産んで封印して……肉体を無くしてもこの世界に勝手に干渉して、僕の崇高な行為を邪魔をするなんてね。許せないな。天の神マスティマよ消えてくれ。永遠に。エナジィブレイク発動!」


 ブルーノヴァの右肩のウェポンが開き、真っ黒な数十もの筋が打ち込まれた。

 闇に貫かれたマスティマの身体は、蒸気のように消えていく。


「これで僕には、恐れるものが無くなった」

 両手を空に向かって伸ばしたラシャプに、マスティマの最後の言を送った。


「解除した……アスタルト彼女が来るまで時間を……これで龍が目覚める……そして世界最強は来る……」


 消えていくマスティマの最後の言葉を考えるラシャプ。


「解除? 龍が目覚める? 何のことだ? 最強だと? 神とでもこのブルーノヴァがあれば互角以上に戦える、心配はいらない……なんだ!?」


 ブルーノヴァのOSがラシャプに報告する。

「現在バアルのエナジィが急上昇中です」



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