第143話 イルの闇
「え! ノーチラスとその巨人と何? 残っているのはまさか……光の獣!?」
巨人が切り札ではないと、ラシャプの言葉に驚くイル。闇の王の話は続いた。
「かつて光の艦隊の戦艦ノーチラスに乗り、この世界を滅ぼしたか天の神子。この地に降りた時に、その巨大な力を封印した。修復できないほど世界が乱れた時に、世界をリセットする為に目覚める、最終兵器として保存された。クク、それこそが遺産」
アナトが一歩ずつラシャプに近づく。
「御託はいいから、そこから降りてきなよ。あたしはあなたに、まだまだ十分なお礼をしていない」
父親を害された、蒼きエナジィをまとうアナトが迫る中、ラシャプの声が巨大な空間に響き渡る。
「フフ、麗しの勇者はまたカオスドラゴンでも、持ち出して暴走する気かな?」
縮地を使い一気にラシャプの前に出たアナトが剣を抜いた。
「言う事はそれだけ? 今度こそ殺してあげる!」
大剣をラシャプに振り下ろすアナトの前に、一人の男の影が浮かんだ。
「だれ? ……お父さん!?」
アナトの振り下ろした剣が止まる。
ラシャプの声が短く命じた。
『撃ち抜け ゲイ・ボルグ』
「うっ」機神からの閃光に胸を撃ち抜かれたアナト、ラシャプに抱かれるように崩れ落ちる。
「クク、また古い手に引っ掛かるものだ。ちょっと父上の画像を表示しただけなのに、動揺するなんて可愛いね。憎い僕に抱かれながら死ぬ気持ちはどうなの? 父親を殺した僕に殺される気持はどうなの? ハハ」
笑い続けるラシャプに剣を抜いたバアルが迫る。
「ラシャプ! 貴様!」
バアルが走り込んでラシャプへ剣を払った。
闇の王は後ろに飛び、アナトを放り投げため、急いで落下地点に飛び、アナトを胸に抱きかかえたバアル。
「大丈夫か、アナト?」
バアルの問いに目を開けるアナト。
「うん、ごめんバアル。また乗せられちゃったみたい」
その時、全員がアナトに注視した、その隙をついてラシャプは転写で、一気にイルの横へ飛んで羽交い絞めにした。そして手にした禍々しい短剣を取り出した。
「この剣はハウリングソード。十二次元上を航海する天の神子の力を得る事ができる。そして所有者の本物の力が発現する」
羽交い絞めにされたイルにハウリングソードを首筋に突き付けながら、後ずさるラシャプが、言葉を続けた。
「まだ、僕のヘルダイバαは修復中なんだよ。でも待ってくれと言っても、君たちには通じないだろうから、こうするのさ。この子はイザナミ。その闇を使わせてもらう」
ラシャプはハウリングソードを強く掴むと、イルの心臓へ突き刺した。
「きゃあああああああ」
怖ろしい叫び声と共に、イルの身体が黒い光を放ち始める。
「何をした!? なにが起こっている?」
バアルが再び攻撃の態勢をとる。
巨大なエナジィが振動を始めた。
イルの身体が徐々に大きくなっていく。それと同時に、周りに赤黒い気が膨れ始めた。苦しそうではあるが恍惚の表情を浮かべて、イルが叫んだ。
「もういい。もう止めよう。この世の全てを終わらせる!」
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巨大なエナジィは姿を形作り、ついに百メートルを越える巨大な姿になった。
イルの背には六つの翼が生え、光り輝く身体は、教典のエンジェルの形をしていたが、漆黒の身体と、真っ黒な瞳から黒い涙が流れ落ちる。
暗黒の大エンジェルとして立ち上がったイル。
城は崩壊を始め、パーティ全員が身構えた、その体をイルが放つ、黒い触手が突き破り、包み込んでいく。次々と黒い触手が生え、近くの触手と融合し、大きな触手へとなりつつあった。黒い涙を流す大天使となったイルが叫ぶ。
「さあ、全ての苦痛を解放せよ。そして光の者達を、闇に引きずり込め」
暗黒のエンジェル、イルの声で、数十メートルまで成長した黒い触手の数は数千を超え、まだまだ増え続けている。
「これは、ちょっとやばい感じだな」
バアルが皆を守るように前に出た。
イルが黒い涙を流しながら話を始めた。
「いつも羨ましかった。わたしより優れているおまたちが。だが、この胸の剣が教えてくれた。私は世界を破壊できる力を内包していると。そして解き放て、自分の力を他の者に思い知らせるのだ……ああ、なんて気持ちがいいの。力の開放は快感……気持ちよすぎる」
先頭のバアルの身体を黒い触手が貫いた。
痛みで膝をついたバアルの身体に、次々と触手が突き刺さる。
黒い触手は、バアルを突き抜け、前衛のグレンも串刺しにする。
むごい光景にアイネが目をそらすが、アナトは瞳に勇者の青の色を湛えて、黒い大天使になったイルを見つめた。
「この期に及んでも不屈の眼差しとは、さすが勇者アナト。だが、この世界では私は神になった。さあ受けよ、最高の祝福である、苦痛を!」
足下から触手が伸び、アナトの身体を貫いた。
「アナト!」
アイネが叫び、近づこうとすが、アナトの身体を触手がとりまき、肉を潰し、骨を砕く。血を吐き出す。
なすすべの無いアイネが懸命に考える。
「もう、方法はないの? このままでは……。いいえ、もしかして……そう」
表層のマスティマが教えてくれた。そうだアナトはフッラから受け取ったのだ。
「アナト、思い出して! フッラから受け取ったもの、そしてお父さんのアークの言葉を!」
体を拘束する茨の触手に自由を無くしたアナトが、残った自由と力で自分のペンダントを強く握った、そして宣言する、勝利を。
「お父さん、私の危機を救って。フッラ力を貸して。イルに勝ち、そして救う為に!」
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アナトの上空に青い魔方陣が現れ回り出した。
魔方陣の光は、暗黒の空気を突き抜け、天井を破壊して天へと伸びる。
天から十二の光球が降りてきて、アナトの周りを回り始めた。
強い光に黒い触手は消え去り、呪縛を解かれたアナトが立ち上がる。
輝きを強めながら、アナトの胸の辺りまで、降下してきた十二の光球。
アナトが左右の光球に手のひらをかざすと、光球は力の循環を描き始め、一つの透き通った魔法陣になった。アナトを中心に十二の光球は輝き廻り始める。生み出された力の循環により、アナトの身体が光を帯び、姿が徐々に変わって、スキルと知識も変更されていく。
フッラから譲り受けた光の獣の一つ、バトルフォームをアナトが得た瞬間だった。
「我が手に来い! マサムネブレード!」
アナトの言葉で、光の刀、マサムネブレードが浮かび上がった。
アナトの胸には、十二の翼を持つ光の天使の姿が浮かぶ。白き艦隊の戦旗である、十二翼の光の獣の姿を象った印。そして光の艦隊で、最高の戦闘力を持つ、戦う神アナトにフォームチェンジが完了する。
アナトはマサムネを横に払い、バアルとグレンに伸びた黒い触手を斬り落とした。
「うお、おおおおおおお」
触手から解放されたグレンが叫び声をあげた。
十二次元上のディレクトリに、黒きフォームを呼ぶ声が届く。
真っ黒な霧がグレンを包み込むと、漆黒の魔方陣が現れ、力の循環が始まる。それに呼応して、黒き翅を携えた漆黒の鎧が出現し、グレンと融合する。
現代にダークナイトの荒ぶる姿が出現した。
「オ、オオオオォォォン」
グレンの黒き大剣、ソウルイーターが不気味な叫び声をたてて、地面を一閃し、真っ直ぐに黒い触手を食らうと、黒き大天使、イルへの道を開いた。
「行け! アナト!」
グレンの言葉に、銀色の翼を広げたアナトは、一気にイルの前に飛び上がる。その姿を見た黒い涙を流す百メートルを越した暗黒の天使イルは、黒い衝撃波のラインを幾筋も放った。
空中で伸びてくる衝撃のラインを、アナトの銀色の身体は光速でかわし、残ったラインをマサムネブレードではじき返す。イルの黒、アナトの白と閃光が何度も交わる。またも闇と光の戦いが始まった。
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