第140話 フッラの覚悟

 ゴーン、ゴーン重低音で響く音を発して、空中に鎮座して強大な力を見せつける。

 地上に降りた魔道騎士の災いを、イルとグレンの究極の闇の力で振り払ったが、空中には天の神子の遺産ノーチラスが留まっている。


 かつての神、天の神子の遺産である、ノーチラス。

 ハガネの戦船の超破壊力と防御力。

 国の滅亡。目の前で行われた圧倒的な破壊に、回復したバアルもアナト、五人は言葉がない。目の前の圧倒的な力に。


「ねえ、わたし達はこの世界の勇者……無敵な筈じゃなかったっけ? 違った?」

 アナトが自虐的に言った。

「笑っちゃうね……無力過ぎるよ、わたし」

 先ほどのゴラムとの戦いで、何もできなった二人は特に強く思った。

「おまえだけじゃないよ。空を飛ぶ光の神の戦船……どうしろっていうんだよ」

 バアルがアナトに力なく返したのを聞いて、答える者がいた。


「一つだけ方法があります」


 そこには全てのエネジィを使い果たし、光の獣が解除された、エンジェルナイトのすがたをしたフッラがいた。

 アイネが、表層に現れたマスティマと同時に聞いた。


「夢で見た……あの方法。しかしあれはノーチラスがあったから出来たのでは?」

 フッラは人形のような均整な表情のまま答えた。

「はい。そうです。六頭竜に効率よくダメージを与える為に、わたしの乗船するノーチラスにマスティマの主砲で狙わせた。あの時は力を最低限で一点に集中させ、破壊を六龍頭の神の旗艦に限定して、この世界の破滅を防ぎました」


 フッラの言葉に、今回の作戦を理解したアイネが頷く。

「今回は逆に力を一点に集中させ、ノーチラスのシールドを破る。フッラ……ごめんなさい」

 アイネの言葉が重かった。


「大丈夫です。アイネ」

 何事もなく答えたフッラは、アナトに近づき、その目をしっかりと見た。


「アナト……召喚勇者。あなたが継ぐべきでしょう。後は任せましたよ」

 フッラがアナトのモノクロームのペンダントに触れた瞬間、眩い光が発せられた。

 光が消えた後、アナトのペンダントは白銀へと色を変えた。

「フッラ。これはどういう事なの?」

 アナトの問いには答えずに、フッラはいつものように感情を出さずに平然と歩き出した。



「何を頼んだの? どうしてフッラに謝ったのアイネ」

 バアルがアイネに聞いた。

「ノーチラスの撃墜を頼みました」

「ええ? そんな事ができるのか」

「フッラなら……たぶん、あの時と原理は一緒。夢でノーチラスを操艦していたのはフッラだったから、既にこの方法は経験済みです……古代の戦いで。でもフッラは無事ではいられません」


 アイネの言葉が弱く、けれども重く周りに響いた。

 振り返らずに立ち止ったフッラが言った。

「皆さん、マスティマ楽しかったです。一緒に戦えて。先に行きますね」

 フッラは数歩進むと飛び上がった。そのまま勢いをつけて高く上昇をはじめる。


「フッラ……」

 アイネが名を呼ぶが、フッラはもう答えなかった。


 空中でフッラは中央制御システムを呼び出す。

 システムは城の地下深くに厳重に守られている。


「フッラよりセントラムへ。タイタンの攻撃を要請する」

「セントラムヨリフッラヘ。攻撃目標ヲ指示セヨ」

「了解。攻撃目標は……」



 上昇を続けるフッラを見上げるアイネ、いや表層に現れたマスティマが、これから起こる事を口にした。

「ノーチラスは起動されたばかりで全機能は回復していない。それに古代の戦いのさいに、作戦で天の神の巨大なレーザー兵器を、身に受けているために、シールドにも穴がある」


 イルがマスティマの言葉に喜びを見せる。

「その穴をタイタンで攻撃すれば、あの巨大な船を堕とせるのですね?」


 マスティマは遠い過去の両方を思い出すように、ゆっくりと話し始めた。


 六頭竜の手強さに、光の神子の軍は旗艦グリモアの主砲を使う事になった。しかし、六頭竜の闇のシールドを破壊するには、この星を焼き焦がすまでパワーを上げる必要があった。


 フッラはこの星を消さない為にノーチラスを先行させ、グリモアの絞った最低限のパワーの主砲を受けた。ノーチラスのシールドを調整して反射させ、六頭竜の旗艦に直接当てた。その時の衝撃であの船のシールドには穴が出来た。


 マスティマがノーチラスを指差す。


「あそこだ。感じるか?」

 イルが瞳を閉じて、超感覚ナチュラルを使用して答えた。

「うん。船底部分に黒い穴が空いている。でも、あそこは上空から攻撃するタイタンでは直接狙えないわ……あ!」


「イル、どうした?」

 ラシャプがイルの声に驚いて聞いた。

「あそこ!」

 イルが指を差すのはノーチラスの左舷の後方。

「あそこにフッラがいる!」



 空中を飛び続け、後方からノーチラスへ近づくフッラ。


「フッラよりセントラムへ。攻撃目標を設定。攻撃目標をフッラにセットせよ。光子パワーを最大にセット」

「セントラム了解。フッラニ目標ヲセット。最大パワーデ撃チマス」


 遥か空の上、人工衛星タイタンの攻撃システムが動作を開始した。


「全員対衝撃、対閃光防御。攻撃マデカウントダウン……5・4・3・2・1」

 キュィィィン、遥か空の上、タイタンの主砲光子砲が瞬いた。

 その光は前回のものを、遥かに越える明るさを見せた。

 夜の空が真っ白に変化した。

 ダダダン、空気を振動させ光の粒子が打ち込まれた。

 その先にはフッラの姿があった。


 フッラはノーチラスの下部の、古の戦いで受けたシールドの穴の横に陣取り、全パワーを自分のシールドへ送り込んだ。

 タイタンの攻撃がフッラを撃った、反射して斜向させた一撃。フッラにより方向を曲げられた、光の束がノーチラスの船底を撃った。


 もの凄い音をあげ、光が弾けてノーチラスが炎上する。

 推進力を失い、地上に墜ちていくノーチラス。

 そして蒸気のように、衛星の光で蒸発を始めるフッラ。


 消え去るフッラが最後の言葉を口にした。

「楽しかったです……マスティマ……先に帰ります」


 分解する光の中でエンジェルナイトのフッラは、初めて微笑みを見せた。


 アークランドの空に巨大な火の塊と、一筋の小さな流星が流れた。


 ノーチラスはフッラの攻撃により、火を噴き出しながら地上に墜ちていく。


 アイネは途中で消えた流星……フッラの姿を追った。


 古代戦争で、竜の一族との戦い、ノーチラスのパイロットだったフッラは数万年前、この星にマスティマと一緒に墜ち共に戦い続けた。そして最後にマスティマとアイネの願いを叶え空へ旅立った。


 アイネが涙をこらえ後ろを振り向いた。

「みんな。これからは私たちが戦う時です、飛びますグリモア城へ」


 意識を集中するアイネ。握った胸のペンダントから光が溢れると、五つの角を持つ魔法陣が胸に宿る。立体的に表示された魔法陣は、青く縁取られ滲むように光を強めた。


 神殿の回路を使わずに、膨大な力を引き出す事が出来るアイネは、このゴースで唯一ジャンプの魔法を単独で行うことが出来た、しかしそれには自身のエナジィと体力を著しく消耗する。


「私が出来るのは、みんなを送り届ける事が最後になりそうです――後は頼みます勇者」


 頷くバアルとアナト。安心した顔をしたアイネ。

 その場にいる全員が光り始め、そしてスッと足下から消えた。



 かつて赤龍王に攻められて、廃墟になったグリモア城の近く、城を見上げる草原。


 赤龍王の軍が攻め上り、反乱軍とアガレスが相対した草原に、突如、力の循環を表す魔法陣が現れた。

 蒼い光の輝きがフッと瞬、一瞬で消えた。


「来たか。待っていたぞ」

 そこにはライオンの姿の巨大な獣人、獣王アスタルトが待っていた。

「まったく、人使いが荒いぜ、アイネは!」

 ダゴンがニヤリとしながら不平を漏らす。


 二人の周りには白銀軍団が集まっていたが、その数は二千程であり、赤龍王と闇の王の連合軍団との戦いで大幅に戦力を失っていた。


 そして軍団の兵士の大幅な減少には、もう一つ大きな理由があった。


「だいたいさ、今回の戦闘は兵士の自由でいいとか。アイネは甘すぎるぞ!」


 ダゴンの言う通り、今回の戦いラグナロクへの参戦は、兵士達それぞれに自分の意思で決めさせる。そうアイネは宣言したのだ。

 

「ダゴン、前回の戦いは国々の存亡をかけてのものだった。でも今回は違います。ラグナロクはこの世界の終焉を賭けた戦い。相手の事も全く情報はない。ただ絶望的な力を持っているのは確かで……勝つ自信はわたしにも持てません。世界が終わる日に家族と一緒に居たいと願っても、おかしくはないでしょう?」


「まあな」


 ダゴンがアイネには敵わないと白旗を揚げた。

 いつものやり取りに獣王アスタルトが鼻で笑う。


「ふん、世界の終焉という言葉を聞いても、ダゴンとアイネを見ていると心配したくなくなるな。とこでフッラはどうした? いつもマスティマの側に居るのに」

 アスタルトがアイネ聞いた。

「戻りました。自分の世界に」

 アイネが空を見上げて答えた。

「そうか……少し寂しいな」

 黙って頷くアイネ。アスタルトは、それ以上聞かなかった。


 遠くで戦いの音が聞こえる、ダゴンが希望をパーティに贈った。


「始まったみたいだな。外は獣王と俺が二人で何とかするから、信じてるぜ。新しい力を……特に二人の勇者に。絶対勝って戻ってこい」

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