第134話 アークランドの女王

 アークランドに建つ、白く高き塔が太陽の光を受けて神々しく輝く。


 大陸でも謎が多い国アークランド。

 神人(カミビト)が住むゴットパレスは、このアークランドに入口があると言われている。

 神人とは、この世界を滅ぼしてしまった罪悪から、人間として移住した天の神の子孫で、再び神を目指した種族で、もう一歩で天の神子へ返り咲くレベルまで達している。

 ただし、神人は人間同士、下界にはほとんど興味がなく、今回のラグナロクにも介入しないだろう。


 アイネ達はアークランドの女王と、フッラに会うためにここまで来た。

 目的は夢の意味、つまりはラグナロクの真相を得るため。


 アークランドは銀の列車が高速で走り、舗装され固められた地表。家々は天に届くかのように、高く空に伸びていた。人々はみな同じように整った顔、均整のとれた体をしている。


 そして一番不思議なのは、男がいない事だ。アナトが思わず軽口をたたく。

「ここならうちの男子もモテそうね。どう? バアルにグレン?」



 神殿騎士フッラを訪ねた五人は、アークランドの宮廷に通されていた。

 高い窓から外を見下ろしていたアナト。

 行き交うアークランドの人々は、まるで機械の様で人間らしさが感じられない。


「お待たせしました。準備が出来ましたので、こちらへどうぞ」

 一人のエンジェルナイトが五人に言った。

「フッラ?」思わず声をかけそうになったアナト。


 エンジェルナイトは白い整った顔立ち、プロポーションで、天使のような翼と、高い戦闘能力を持つ、大陸でも恐れられる戦士達。

 全員がコピーのように容姿も感情も極めて似ている。


 迎えに来たエンジェルナイトの後を着いていくと、アークランドの女王スユンが玉座でアイネ達を待っていた。


 アイネは夢で見たフッラと、マスティマ女王の宇宙での戦い、そして大魔王が絶望的な敵が現れると言った事を伝えた。


「アイネの夢。それは多分、おまえの中のマスティマの精神体が発信したシグナルだろう。それと大魔王の予言した敵は確かにもうすぐ現れる……しかし」

 大きな白い椅子の背に頭を預け考え込む、女王スユンが呟く。


「敵は強大。天の神子の遺産……勝てるのか。この大陸全ての力を合わせても」

 全てを知っているような女王の振る舞いに、アイネが一歩前に出る。

「女王教えてください! 何が起こるのというのですか?」

 アイネを見つめたスユン。


「恐ろしいものが現れる、世界は大きな災害に見舞わるだろう。そしてお前達は……行かなければならない」

「どこへですか? その恐ろしいものとは戦わなくていいのですか?」

 アイネが女王へ問いかけるのと同時にアナトが口を開いた。

「恐ろしいやつをやりにいけばいいの? 行くのは戦場でしょう?」

 女王スユンは目を閉じた。


「違う。かつての都……マスティマのグリモア城に。敵は自由にジャンプできる、追いかけるのは難しい。最後のパズルはグリモア城にある、闇の王は邪魔なおまえ達を、そこで待っているだろう。ラグナロクの全容はお前たちに伝えるべきなのか……聞いてお前たちの気持ちの戦意が削がれるのが心配だ」


 アイネはスユン女王言葉に頷いた。

「理由はこれ以上は聞きません、どうやら私たち今は知らさないように、されているみたですし。分かりました。急いで出発します」

 アイネの答えに首を振った女王スユン。

「違う。今ではない」


「じゃあ、いつなのよ!?」

 要領を得られずイライラしているアナトに、ゆっくりと女王が言った。

「大陸の全てが戦火に落ち、我が国……アークランドが滅んだ時に」

「ええ!?」

 七人が一斉に女王を見た。女王は表情を変えずに続ける。


「その時はすぐに訪れる。おまえたちはそれまで、ここに留まるがよい。十分に準備をするのだ」


  女王スユンは表情を変えず、言葉を発し、アイネを見た。

「アイネ、残ってくれるか? 他のもはすまぬが席を外してくれ」



 女王スユンの声色が変わった、それは昔からの友人のような、懐かしさを持ったもの。


「久しぶりですマスティマ……アイネ、すまぬが主人格を一旦、譲ってほしい」

 頷いたアイネが頭を上げた時に、アイネの中のマスティマが目覚めた。

「久しぶりだなスユン。私を呼び出すとは。やはりラグナロクが起こるのは確実か」

 スユンは頷いた。

「ええ、その通りです。そしてあなたを呼び出したのは、私たちアークランドは滅びたくないと言いたかったからです」


 アイネの身体を借りたマスティマが首を振る。

「なぜだ!? お前たち、アークランドの民もエンジェルナイトも、もともとはこの世界に残った、もう一人の天の神、フッラのコピー。その目的はラグナロクの時の防衛線として立ちふさがるため。コピーされたものに生死など無関係だろう」


 スユンは機械ではなく人のような表情で感情を語った。

「確かに私たちは、ただの盾です。たとえ死んでも、フッラからコピー作り出し、永遠に役割を果たすつもりでした……でも、長い時間がフッラと私たちを変えました。コピーを行うたびにフッラの独自性は失われ、もう感情もほとんど残っておらず、コピーした者もまるで機械のように振る舞います。これ以上のコピーは無理でしょう。もう、あなたの要望を叶える力など、今のアークランドには残っていません」


 腕組をしたマスティマが尋ねる。

「死にたくない。アークランドは戦わない……そう言いたいのか?」

 尋ねられたスユンは女王の席から立ち上がり、身体全体で意思を示した。


「違います! ラグナロクが防げない場合、相手は必ず、この国を襲ってきます、大陸で大きな戦争が起こった今、技術的にも戦力的にも、対抗できるのがアークランドだけですから。そして……勝てないでしょう、あなたの遺産は天の神子の力そのもですから。戦う事にためらいなどありません。ただ……」

 言葉を止めたスユンに続きを促すマスティマ。


「ただ、なんだ?」

 マスティマの目を見たスユンが答えた。

「覚えていて欲しいのです。私たちの事、そして感情が無くなるまでコピーに耐えたフッラの事を」


 陶器のような美しいスユンの頬を、純粋な透明な液体が流れた。


 マスティマは感情を露わにしたスユンの涙を見つめて、穏やかな表情を見せた。

「フッラは心の素晴らしさをスユンに見せたかったのだろう。だが心が邪魔して辛い戦いになるな」


 スユンは涙を流したまま、マスティマの言葉を噛み締めていた。



 アイネも帰り、初めて涙を流した意味を女王スユンは考えていた。

 その時、オペレーターか緊急の通信が入った。


「女王、報告します、現在、正体不明の者の攻撃で、大陸の主要都市が壊滅しています、獣人の国、竜神の国、マスティマの国、ジパングなどです。ただしエール王国は被害がないようです」

 女王は驚き聞き直す。

「エールは隠された都市だからか。それにしても主要都市の破壊だと? いくら前の大戦で被害があったとはいえ、各国がそんなに簡単に落ちるとは思えない……もしかして、すでにラシャプは……天の神の遺産が動き出したか!?」


 女王の間の多くのディスプレイが、各国の惨状を映していた。

「これは……数千万もの死傷者出ているぞ。天の神子を倒してもあまりに被害が多すぎる……世界の復興は可能なのか」


 オペレーターは女王の自問には答えず、最も恐れていた事実を述べた。


「たった今、我が国100キロ南に、テレポートしたものがいます。数分でアークランドの首都、つまりこの王城へ到達します」



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