第111話 アイネの檄文

「行くのか……アイネ」

 マントをひるがえしたアイネにエール王が聞いた。

「事は急を告げています。急がなければなりません」

 エール騎士団の伝説の鎧である、青い鎧ブルーウルヴズに、着替えたアイネ・クラウンが答えた。


 自信に溢れたアイネの行動を見ても、エール王は心配を表に出す。

「バアルは大魔王が治療してくれたが、もう一人の勇者アナトは意識がない無理はするな」

 エールの国王の言葉にアイネは嬉しそうに笑った。


「フフ、覚悟がない者を戦士とは呼ばない……前に王様から頂いた言葉です。私は特に苦労せず剣も魔法も使え、若くしてエールの騎士団長になりましたが、覚悟なんてありませんでした」


 アイネは吹っ切れた表情を見せた。


「でも全力で戦ってみたくなりましたよ。守るべき者の為に。召喚勇者アナトと転生勇者バアルの戦いに心を動かされました。異世界から来たあの子たちは全てに全力でした。そして傷つき倒れました」


 久しく見ないうちに一段高い位置へと成長した、アイネにエール国王は感嘆し話を聞いていた。


「国家間の超党派で連合チームである、スペツナズのリーダーになったわたしには、この大陸を守る義務があります。例え身体が傷ついても、エナジィが砕けても大事な物を無くしても、ただ先に進むだけです」


「そうか。戦うことを嫌いエールの騎士団を抜けたおまえが、連合軍のリーダーとして、最大の敵である六頭龍と相対する。これも運命なのかな」


「はい……これは私と同一化して力を貸す者の願いなのです、息子ラシャプを止めて欲しいと」

 驚異的な戦果を出してきたアイネだったが、いくら天才だと言っても、あまりに出来すぎだった。その謎はアイネとエール国王の二人だけが知っていた。

 思い返すように、エール王が口を開いた。

「十数年前、マスティマ女王が、神人のやっかい払いとして機械化された時、アイネ、おまえある提案を女王にした」


 天の神子の純粋な血を持つマスティマは、物質的な身体は既に克服して、精神的な存在だった。マスティマを失う事を嫌ったアイネは、自分の身体を依り代として、マスティマに差し出した。合体後に本来の天才の力に、にじみ出るように現れる、マスティマの天の神子の力により、剣も魔法も両方を完全に扱えるようになった。

 ただし、マスティマが表層に現れた事は一度もなかった。


「フフ、エール王、内緒ですよ。神人に知れたらもめ事ですから。今回だけマスティマの力は下宿代として、世界を救うことに少しだけ、いや今回は存分に使わせてもらいます。たぶん、私とマスティマの両方が表に出て、考え方、話し方も影響を受けるでしょう、一時だけ特別な私になります、やる気がみなぎるアイネ……それではエール王。行きます」

 歩き出したアイネに付き添う、他のスペツナズのメンバーと各国の兵士たち。


 大質量の瞬間移動であるジャンプをするための、巨大な魔法陣へ向かって、ツクヨミとスペツナズの四人が歩き始めた。


 ゴース大陸では、瞬間移動を行う事は非常に困難で、しかも莫大なエネルギーを必要とした。その為、軍隊を輸送するためには、大出力の魔法陣に大量のクリスタルを使って、詠唱者のエナジィをブーストする必要があった。


 スペツナズが率いる、大軍団の転送で使われるクリスタルは、エールを温暖に保つエネルギーの半年分に相当する。


「ジャンプの回路を開け! 目標、ドライグの神殿!」

 急速にドライグに集結している陰の者たち、黒き軍団へ向かう為に、アイネが目標地点を告げてジャンプの回路から、魔法陣へ青い光が送信され始めた。

 強い光が何重も筋を引き輝く中で、五人はその中心へゆっくりと歩く。

 五つの国から集められた、戦いのスペシャルエリートであるスペツナズ。秩序を守る者達。


 イルの方を見たアイネが、歩きながら右手でイルに小さくサインを送る。

(アナトを頼みますね、イル)

「はい」

 うなずくイル。

 

 明け方までかけてバアルを回復させた大魔王ツクヨミの再生の魔法も、アナトを治す事はできなかった。魂を失い、消滅したエナジィを回復する魔法は存在しない。


 ジャンプの為に陣形を整え始めた各隊から、アイネへの報告が行われた。

 アイネは全軍の指示を行う為、エール騎士団の指揮はサージが執る。


サージ「エール。テンプルナイツ。五千名の出撃準備を終えています!」

フッラ「アークランド。エンジェルナイト。二百騎、準備完了です!」

アガレス「マスティマ騎士団。三千名。出撃可能!」

アスタルト「ヤム・ナハル。獣人軍。二千。いけるぞ!」

バアル「ドライグ。竜騎士。八百騎。出撃できます!」


 総大将のアイネ・クラウンは後ろを振り返ると、全軍に向かい話を始めた。

「この戦いは、この後に起こる戦い“ラグナロク”の前哨戦である。勝つ事は無論、被害も最小限に抑える。そして完璧に勝つ!」


 最終戦争のワードにざわめく軍勢だが、表層に始めて影響する、かつて星間戦争で大部隊を引いていたマスティマ、アイネから溢れだす強大なエナジは銀色に輝き、勝利への強き意思を持つ、総大将が強き言葉を続けて放ち、この戦いの意味について知ることになる。


「我々は赤龍王と闇の王の残存軍を併合した、アーシラトが率いる黒き軍団を倒す。残念な事だがアーシラトは我々と袂を分かった。何かを企む彼女はこのままでは“ラグナロク”への引き金をひいてしまう」

 周りを見回してアイネが檄文を続ける。

「その事が伝説にある天の神子の遺産を呼び起こしてしまうのだ。それは絶対に止めなければならない。恐怖が地上に立ち上がる前に、すべてに決着をつけなければならない。わたしに力を貸してくれ、戦士達よ!」


 兵士達の怒涛のような声が全軍に響き渡る、その声に答えるようにアイネは王から申し受けた、エールの国宝エルヴンソードを抜いて頭上に掲げた。


「いくぞ! 全軍出撃!!」

 強く光始めた魔法陣がツクヨミ達を戦場へジャンプさせた。

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