第107話 ぶつかる二人の龍

 イルに大剣が当たる寸前に、大きな十字が描かれた盾で、赤龍王の一撃を受け止めた者。

「おいおい赤龍王。巫女にそれはやり過ぎだろ?」

 アナトをアーシラトに任せたダゴンが、大盾で赤龍王の剣を受け止めていた。


「ダゴンか。またも懐かしい顔だな。アーシラトよ。新しい力の意思を持った者などいないではないか? こんな出来損ないは戦には使えないな」

「出来損ない!?」

 イルがアガレスへ向かう途中で、向きを変えて赤龍王に歩み寄った。


「出来損ないなんていない! わたし達は戦う為の道具じゃない。あなたはまだ神人と戦おうと思っているの? あなたが徹底抗戦を主張したから、竜の一族が滅んだのを忘れたわけじゃないでしょ!……えっ? わたしは何を言ってるの!?」


 自分の口から出た言葉に思わず口を押さえたイル。

 驚きを表し赤龍王がイルに近づいてくる。


「これは……エールの巫女、お前も遥かな記憶を持っているのか。なるほど、おまえの遠い過去は白竜イルルヤンカシュか……ふむ、素質はあるか……しかし最終決戦は近い。間に合いそうもない。新しき力。やはり……」


 赤き王がニヤリと笑った。

「やはり、新しい力、つまりこの世界にお前達はいらないな!」

 強い殺意を見せる赤き王のエナジィに、驚き後ろにさがるイルを追うように赤龍が迫る。


「中途半端な力は邪魔なだけだ。頼るのは己の力だけでよい」

 両手を広げて力の循環を開始した、赤龍の鎧の形が変化していく。


 闘気が鱗のように全身を包み、背中に翼を携えた赤龍へ、竜の闘気が身体から溢れる、第三形態ドラゴンウォーリアになった赤龍王が絶対の自信を見せた。


「さあ、これでお前達には勝ち目はない。クク」

 赤龍王はバトルモードに移行し、桁外れの紅いエナジィを全身から溢れさせていた。


「過剰な自信は身を亡ぼすぜ。赤龍王」

「誰だ?」赤龍王が声の方向を見た。


 そこには翠の竜の力を発現させた、転生勇者バアルが立っていた。

 バアルの背に巨大な竜のエナジィがゆらりと映った。

 緑の鎧が、その姿を変えていく。


 鋭い鱗の破片のように、表皮が割れ始め、新たに結合を繰り返す。

 二メートルもの大きさになった背に翼を携えた。


 赤龍王と同じ第三形態の、バトルモードに変身したバアルが、真っ直ぐに赤き王を見た。


「さあ、始めるぞ、赤龍王」

 バアルの姿が一瞬にして消える。赤龍王の前に転写するアガペ。

「転写を可能としたか。俺の力――六頭龍の領域まで達するとは! 転生勇者バアルよ侮りがたし!」

 翠の大竜に大きく目を開いた赤龍王に、挑発するバアル。

「御託は、いいから来いよ。赤龍王!!」


 一発目は他の者からも見える、遅くて威力を感じない右の拳、バアルのそれは吸い込まれるように、赤龍王の胸元へとのびてゆく。


 伸びきった拳が、赤龍王の表面で衝撃波を生み出し、轟音とともに強大な爆風と閃光に変換される、バアルはドラゴンウォーリアの本気でない一撃でも、山さえ破壊する力を見せつけた。

 そして同時に、ドラゴンウォーリアを守るシールドが身体全体に貼られている事をはっきりと見せてくれた。

「さすが赤龍王。俺の拳を弾くか……シールドを自然な状態で随時貼れるとはな」

 バアルの呟きに、赤龍王が答える。


「ふん、様子見の一撃などかわすまでもない。だいたい、シールドはおまえも持っているだろう? まあ、俺にはそんなものは気にはならないがな!」

 赤龍王の自信に溢れる言葉に、バアルは自分の右拳を握りしめた。

 どちらかとなく、打ち出された拳。

 どんどん速度と威力が増加していく。

 バアルと赤龍王の二人の拳が音速を越え、光速で次々と撃ち出される。

 

 二人の攻撃はあまりに速すぎて残像を残す。

 お互い相手のシールドを撃ち破る為に、速度を速め次々と巨拳を打ち出していく。

 地には地響きが大きくうねり、空は大嵐となり、地上にいる者たちの身体と心を揺らしている。

 巨大な台風の中心の二人の大龍は、意地をぶつけて、閃光の中で、あえて素手による攻撃にこだわっていた。


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