第102話 悲しい戦い
力いっぱい、激しく首を振りダゴンから離れようとするアナト。
力の限り、離さないように、強くアナトを抱きしめるダゴン。
アナトが首を振りながらダゴンを責める言葉を吐く。
「なぜ教えてくれなかったの? こんな事って……。あたしはお父さんを探していたの。この異世界で能天気に勇者をやっているはずなのに……なぜこんな姿に。嫌だ……嫌……嫌~~!」
ダゴンが抱きしめたアナトに諭すように語る。
「本当は当てがついていたんだ。たぶん、こんな事だろう、良くないことが剣聖に起こっただろうと……俺は、おまえが悲しむ姿を見たくなかった。本当の事を言えなかった。すまん、アナト」
ダゴンがアナトの目から視線を下げた。
「嫌だ。こんなの嫌だ……絶対に!」
叫び続けるアナトの身体の力が抜けていく。そして人形のように繰り返す。
「嫌だ。そんなの……嫌だ……戦いたくない」
「クク、ハハ」
闇の王ラシャプの笑い声が響く。
「もう、終わりなのかな、可憐な勇者? 随分と父上の事が好きなようだね。絞りカスしか残っていないが、お返ししようか?」
アナトに近づいて来るアナトの父の出す、ガラクタのような音と、エナジィにビクッと身体を痙攣させるアナト。
「アナト! しっかりしなさい!」
泣いているアナトに、イルがわざと強く言った。
「誇り高い剣聖を、あなたのお父さんを、これ以上見せものにしておくの? それでいいの? しっかりしてアナト!」
それまで黙っていたアイネは、かつての剣の師の廃れ切った姿に、目を伏せ言葉を続ける。
「私の唯一の師である剣聖。やばいくらい強くて、そして家族思いで、アナトの事を恥ずかしそうな笑みを浮かべて話していました……分かりますよねアナト」
二人の言葉にアナトは瞳を一度閉じ、ダゴンの腕から離れ立ち上がり、歩き出す。
「いつも家にいなかったけど、居ても言えなかったけど、わたしは大好きだった……よ」
アナトの言葉に剣聖アークは何も答えなかった。アナトの綺麗な銀髪が風に流される。
「いくよ……お父さん」
攻撃の姿勢をとったアナト。さっきまで無防備な姿を見せていた蒼い瞳を開き、父親であった者を見つめて勇者の剣である昴を構えた。
目をつぶって剣を前に突き出すアナト。
近づいてくる父親をアナトの剣が貫いたが、急所は外れている。
アナトが首を振る。
「だめ、ちゃんとしないと……でも、でも……これ以上、あたしには出来ない!」
剣聖が大きく振りかぶり、アナトの肩に剣を落そうとした瞬間、ダゴンが叫んだ。
「戦えアナト! おまえに送ってもらう事、それが剣聖への手向けになる!」
ダゴンの言葉に迷いを絶ったアナトの剣は、今度は正確に黒き騎士の胸を突き抜いた。アークの流れ落ちる血が、アナトの剣を伝ってその手を濡らす。
「くはっ」
黒き剣士の声が初めて聞こえた。
それはアナトには懐かしすぎる声だった。
アナトは剣の柄を離し膝をつく。
「……よう……久しぶりだな。元気にしてたか」
目の前の黒き騎士が剣にさされたまま、アナトを抱きしめた。
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