第84話 変なおじさんです

「イタタ」頭のこぶをさすりながらアナトが文句を言った。

「イル、真剣に殴りすぎ。三途の川が見えたよぉ」

  一番に頷いたアイネ。心底同意を示す。


「私も川を渡ります。知らない人が向こう岸から、オイデオイデしてます」

 ジロリ、アイネを見たイルは、申し訳なさそうにアナトに向いた。

「ごめんね。でもアナトなら大丈夫だと思った……ていうか、こんぐらいやんないと」

「なんの根拠があって大丈夫なの? まったく……勇者でも痛いよ」


 バアルは、アナトの渾身の一撃を素手で受け止めた感想を述べる。

「赤龍王に匹敵するぞ。アナトは危険だな……それに」

 バアルの言葉を途中で遮ぎるアナト。

「それよりあんたらが、うるさいのでよく寝れないのよ!」


「はぁ?」バアル、イル、アイネが唖然とする。

「モンスター564(ころす)なら静かに殺戮してくれない? 睡眠不足は肌に悪いの!」

 バアルが驚いて聞いた。


「君は、こんなところに一人で寝てるのか?」

「一人じゃないよ……残念ながら、変なおじさんも一緒」

 ますます分からなくなった、バアルが聞いた。

「もしかして君は人間じゃ無いのか ?デーモンが化けているとか……そういうのか?」


 アナトが怒った。同じことを同行している騎士にも言われた事がある。

「こんな可憐で美しいデーモンがいるわけないでしょ!!」

 アナトの均整のとれた足がしなやかに繰り出された、バアルの顔を狙った右回転の足蹴りだった。


「またマジで打ってきた」

 バアルは見切って、ギリギリ身をかわすが、アナトの短いスカートの裾が揺れる。

「うほ! 絶景」男の習性で白い腿に目が行ってしまうバアルに衝撃が走った

 ガツウン、イルのグーでの側頭部への攻撃を喰らうバアルは思わずよろめく。


「このスケベ勇者!」

 態勢を崩したバアルに、アナトの返しの回し蹴りがヒット。

 数メートル吹き飛ばされるバアル。

「うぁあ、すごーい、さすが勇者ねぇ……パチパチ」

「それ嫌味? アーシラト」

 アーシラトが竜の力を得て強くなった、勇者を捉えたアナトの格闘能力を賞賛するが、アナトが嫌な顔をした。でも、イルは嬉しそうに答えた。

「当然でしょ。アナトは異世界の召喚勇者で覚醒したんだもん。私の手助けでね」

 イルがアーシラトに誇らしげに言った。


「あら、アナトの登場で随分元気が出たのねイル、良かったわ」

「ホントだ、なんか苦しさが消えている!」

 喜ぶイルにアーシラトが感想を述べる。


「ここは精神が主な闇の国。自分に自信が無ければ闇に取り込まれる。ようするに気持ち次第って事ね。それにしてもほんの二年の間に随分成長したようねアナト」

 探していたバアルと喧嘩中のアナトを見て言葉を続けるアーシラト。

「……相変わらずバカだけど」


「マジで蹴けるなよ」立ちあがったバアルはアナトを指しながら文句を言った。

 首を傾げながらアナトが言った。


「へぇ意外……あんた、結構強い?」

 言われたバアルは頭を手で支え、首を回している。

「蹴っただけで分かるのかよ、相手の強さなんか」


「そうねぇ、手加減無しで思い切り蹴ったから、首の骨くらい折れると思ったんだけど?」

 真面目にに残念そうな、アナトとイル。

「アホか! それになんで、イルも残念そうなんだ!?」

 思わず笑ってしまったアーシラト。

「アハハ、いいじゃない褒められているのよバアル。イルも元気が出てきた……いい傾向でしょ」


「まあな」

 バアルは照れくさそうに、もう一人の勇者アナトに向かった。

「それで何の話だっけ? 最近記憶がよく飛ぶんだけど」

「あんたらが、うるさいって話でしょ! 近所のアークおじさんにも苦情言われちゃっだからね!」

 アナトの言葉にイルが聞き返した。

「アークおじさんって誰?」

「神殿の番人のアーク・デーモンの事よ!」

 アナトの答えに驚く四人。

「はぁあ!?」


「アークおじさんの兄貴の首をぶっ飛ばしたのは誰だっけかな……アナト」

 声の元、皆が目をやると、金色の鎧を着た戦士が立っている。

 アナトの保護者であるダゴンだった。

 この世界にアナトが訪れるた後、ずっと一緒に旅するナイト。


「はぁ、出ちゃったよ……」

 仕方ないとアナトはくるっと、向きを変えてダゴンに手を向ける。

「紹介するね……変なおじさんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る