第74話 エールの巫女イル

 突然の事で呆然とするバアルの目の前で、アイネの首をギュウギュウ絞めているイル。


「あの~~」

 三年分の怒りをアイネにぶつける姿は、とても話し合いに応じる感じはしないが、それでもバアルはイルに何か言いたげだ。


「さっきからうるせーー! なに? 私は忙しいの。要件なら早く話してよ!」

 小柄な身体と衣装を合わせて、十二分に可愛い姿なのだが、どうにも破壊的な話し方のイルに、戸惑いながら恐る恐るバアルが指を差す。


「死んでますけど……アイネ」


 呼吸をしていないアイネに、やっと気がつくイル。


「あらま。勝手に逝かれた! しょうがないわね」

 イルの魔法の詠唱が始まり、両手に力の循環を示す魔法陣が描かれる。

 イルが紡ぐ魔方陣の色は白。

 癒やしの魔法を主に使う神殿に使える巫女の証。

 そしてイルの純白のエナジィは、その魔法力の高さを示していた。


『全ての者へ祝福を ラ・リバースハイト』


 純白の魔方陣がゆっくりと廻り、イルの両手から光の波がアイネの全身へと広がっていく。

 リバースハイトは蘇生の最上位魔法であり、死んだ者は行き返り体力も全快になる。

 純白のエナジィを持つ物だけが使える高位魔法。


 パチリと目を覚ましたアイネが、バアルとイルを見てから口を開く。

「アケロンが見えた! カローンの船に乗りかけた!」


 地獄へ行きかけた、あんまりだ、そう言いたげな顔でイルを見るアイネ。

 しかしイルは全く意に介さない


「わたしのせいだっていうの? コイツがモタモタしているから悪いのよ! 早く教えなさいよ! でくの坊!」

 スパッとバアルを指差すイル。

 その突然の無茶振りに、反応出来ないバアルは、口をパクパクさせながら、あらためてイルを見た。


 純白の巫女の装束を着たイルは十代後半と思われる。

 小さな身体と小さな顔に描かれる、大きな瞳も愛らしい。


 ピンク色の髪をあごのラインでボブにし、眉が見えるギリギリの長さで切りそろえられた前髪が、白くて柔らかそうな丸顔をより愛らしく見せていた。


 百五十センチに満たないであろう身長も、純白の巫女の装束も、全てが可愛らしい。それだけに、乱暴な物言いが余計に目につく。もう少し女の子らしい言葉使いができたら、どんなにか素敵だったろうと、残念でならないくらいの話しぶり。


「でくの坊って……言われた」

 声は出たが、バアルの言葉は続かない。


 すでにバアルなど眼中にないイルは、両手でアイネの頭をグラグラと揺らしている。

 頭を激しくシェイクされ、さっき死んだばかりのアイネは記憶が混乱していた。


「えーーと、ところで私はなにをしていたのでしょうか……もう! 揺らさないくださいイル。あんまり揺らされると……なにか……忘れちゃったいました! というか……私は誰?」


 アイネは懸命に記憶の整理を行っていたが、邪魔するイル。


 アイネの記憶の整理に役立つかと、バアルはアイネに深々と一礼してから、自分の身分と名前を告げる。

「アイネ・クラン。今回は助けてくれてありがとう。俺は現在、レべリオンと交戦中のドライグに身を置く勇者バアルです」


 ドライグの正式敬礼でお礼をすると、アイネの混乱していた記憶も整理されてきた。


「その礼式はドライク? 勇者バアル? あっ、そうか私はバアルを助けたんですよ。赤龍王との戦いで傷ついた、バアルの治療とその身を隠すために、三年ぶりにエールに帰ってきたのでした。ついでに思い出しましたが……バアルのお願いは聞けません」


 バアルはそれを聞いて暗い表情になったが、再び懇願する。

「そんな事言わないでお願い。どうか、赤龍王を倒すのを手伝って」


 さらに頭を下げてアイネにお願いするバアル。

「俺の力では今の赤龍王は倒せない。でも、アイネが力を貸してくれたら……今度はきっと倒せる」


 そこまで二人の会話を聞いていたイルが口を挟む。


「ちょっと待ちなさいよ! 赤龍王を倒すっていったい……アイネはなんで、そんなもんと戦ったのよ!?」


 巨大な力を持つ赤龍王と、わざわざ戦った理由をアイネに強く聞くイル。


「うーーん」

 考え込むアイネは回想を始めた。赤龍王との戦いの場面を……。

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