第18話 冷血と勝利
ある日の事だった、外がやけに騒がしい。
俺は塞がれた収容所の中から、小さな穴を通して外の様子を伺う。
どうやら、この国を奪われた人々が集まり、アガレスに戦いを挑んだようだ、
俺の目の前に迫った殺気を帯びた大群、女王を、城を、家を、家族を、恋人を、全てを奪われたゴースの人々。その数と士気の高さに圧倒されそうになるレべリオン軍。
立場が逆となり反乱軍を迎え打つことになったアガレスは、城壁の上で苦笑いをしている。
勇者の俺にはアガレスの独り言も聞こえてきた。
「またこの場所に立つとはな。しかも今度は攻められる側か……まったく運命とは皮肉なものだ」
暗黒騎士アガレスの脳裏に、この国を攻め、このグリモア城にて女王に対峙した記憶が蘇る。
「あの時、女王は俺に任せてくれた……この世界の未来を」
「女王から任された?」途中で捕まった俺は、この城の主がどうなったか知らない。
注意してアガレスの言葉を待ったが、独り言はそこで止まった。
アガレスは両足をがっしり開いて立ち、胸の上で両手を組み前方を見ていた、緑の草原を反乱軍が駆け上ってくるのを。
「将軍。準備が整いました」
部下の報告にアガレスが答えた。
「よし、やれ!」
俺にはアガレスの考えが分からなかったが、すぐにそれが胸糞悪いものだと、思い知らされる。
捕虜にされていた者が手足を縛られ、首にロープを繋がれて歩き始めた。
城の外のアガレス軍の一番前で捕虜は止まった。
反乱軍は捕虜の姿を見て、その場で立ち止まる。
兄弟や親、恋人や子供、懐かしい顔がそこにあった。
近くまで近づいた家族へ懐かしさから不用意に歩み寄る反乱軍。
アガレスの声が響いた。
「弓隊! 全員構えろ!」
ザザザザザ、百を超える大弓が構えられた。
「撃て!」
ピーン、と張られた弓から、一斉に鉄の鏃が空に向かって打ち出された。
ヒュヒュヒュヒュン、弓矢は高い楕円軌道を取り、狙った獲物を確実に仕留めていく。
「ウギャァアア」背中、肩、頭に深々と刺さった鏃は、大量の血と獲物の命を奪っていく。
弓の攻撃は、反乱軍にではなく、前方に引きずり出された捕虜達へ行われた。
呆然とその場に立ち尽くす反乱軍に、アガレスの次の攻撃の声が聞こえた。
「次弓隊、全員構えろ!……撃て!」
次の矢が放たれ倒れこむ人々、その殆どは女、子供、老人であった。
「や、やめろーー!……頼むやめてくれ!」
たまらず反乱軍のリーダが、アガレスの方に駆けてくるのが見える。
数人の指揮官達も一緒につきそう。
アガレスに言葉が届くギリギリの場所で、リーダは立ち止まり、懸命に大きな声を出す。
「アガレス! やめてくれ。戦いに捕虜は関係ないだろう?」
「そうだな……捕虜は大事にするのがいいだろう」
アガレスの答えを聞いて、安堵する反乱軍のリーダと側近達。
「お願いだ。捕虜は城へ戻してくれ、この戦闘が終わるまでは」
反乱軍の全員に、懇願の情が顔に出ていた。
自分の肉親が矢で打ち抜かれる中での進撃は出来ない。
反乱軍の誰もがそう思ったが、成り行きを見ていた俺も、あんまりな作戦に怒りが湧いていた。だが、アガレスはその切なる願いをつぶした。
「捕虜を戻すだと? それはできないな」
「なんだと!? どういうことだアガレス!」
アガレスは不適な笑みで話を続けた。
「彼らは我々の盾だ。重要な役目がある。弓隊構え! 少し先を狙え!」
左手を上に挙げてから、前方へ降るアガレス。
「撃て!」
アガレスの指示により、弓矢は先ほどより、やや向きを上にした。
距離が伸びた矢は、捕虜と反乱軍へと放たれた。
ヒュヒュヒュヒュン、百の弓矢が大地に振りそそぐ。
「ばかな……こんな事が許されていいものか!」
反乱軍のリーダが怒りを露わにするが、悠然と答えるアガレス。
「これは戦争だ。勝ちたければ、まず君達で捕虜を殺せばいい。この兵士の数の違いを見れば、反乱軍の方が圧倒時に有利な戦いだ。くだらん心の痛みなど捨てろ、さすれば勝利は君達のものだ」
「アガレス……この国の英雄だったのに……殺してやる!」
反乱軍のリーダが怒りに任せて剣を抜いた。
側近の数名も動揺を怒りに変えて、アガレスの元へ走る。
反乱軍のリーダには、もうアガレスしか見えていない。
「アガレス! 覚悟しろ!」
向う撃つように、城の高台から飛び降りた暗黒騎士。
怒りに身を任せた、反乱軍のリーダと付き添う者たちに一人立ったアガレス。
「ふん!」アガレスが背中の大剣、ソウルイータを引き抜いた。
反乱軍のリーダ達は四方にちり、左から、右から、回り込んでアガレスと対峙する。リーダが正面方から切り込むと、同時に回りから斬りかかる作戦だった。
剣を空へ高く構えたアガレスの腕の中でソウルイータが叫び声をあげる。
ウォォーン、魂を食らう剣ソウルイータは「呪縛」恐ろしい叫びで相手を麻痺させる効果を持っていた。
離れている俺も思わず耳を塞ぐ呪いの声。
切りかかった反乱軍はその場で一瞬動きを止める。
その刹那、漆黒の大剣は右から円を描き水平に、左に切りだされた。
剣の軌道が大きな黒い円を描いて、すぐに消えた。
アガレスは体を反して、指示を行う高台へと歩き出す。
反乱軍のリーダと側近がその場に倒れた。
高台に戻ったアガレスは、血がついた大剣を反乱軍の本体へ向け叫んだ。
「反乱軍のリーダは死んだ! 全軍全速前進! 反乱軍を一人も残さず殺せ!」
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