第22話 雨
ど、ど、ど、どど。ど。ど……。ぴんと張った布に跳ね返ってくだける水の音が、背骨に響きながら、ゆっくりと腹に落ちてくる。ど、ど、ど、ど。
傘の柄をにぎりしめてひたすら歩く。背を押されるようにただ。目的地? 着けばわかるよ。己の中で起こった問いに嵐は答えて、ひたすら急いだ。
『声』はめったなことではしゃべらなくなった。部屋に訪れた静寂のなかでなにかが終わりに近づいている気がして、嵐はただ耳を澄まし、それを待った。
冬の陽光はだれもいない家の奥まで手をさしのべ、そして退いていく。青く澄んだ景色に吸い出されていく暖かさを追って、嵐は窓に寄った。
幾層も重なった雨雲が日をゆっくり呑み込んでいく。失せていく熱に嵐は震えた。やがて大粒の雨がいくつか窓をたたきはじめる。伝い落ちる水を追って指を這わせていくと、ひからびた筋にひっかかる。嵐は爪でそれをはぎ取った。それでもこびりついて取れない痕をがりっと掻く。痛みと不快感に手を離すと嵐は指先を見詰めた。爪が真っ赤に染まっていた。
鼓動のうずきに重なるようにしていっせいに雨粒が降り出す。傘立てからほこりだらけの傘を引き抜いて、嵐は薄明も閉じようとしている闇の中に飛び出した。
黒く濡れた地面を蹴って、放っておくとたやすくバランスを崩す体を前へ前へ押し出す。そのたびに冷たい飛沫が足にかかる。頭上ではじける水の音は、弱く速い鼓動とかさなって心地よかった。傘越しに見る街灯は淡くにじんで、星に似ていると嵐は思った。
いくつも水たまりに踏みこみ、傘でよけきれなかった雨に濡れて、足も指先も凍えていく。嵐はふと、どこへ行こうと思っているのだろう、と考えついて、傘をのけて周囲を見渡した。最後の一歩が水たまりに踏みこんで、止まる。
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