第18話 怒りと成り

 殺して、という言葉、絞るような声で、息を吸うたびに胸の奥をぎゅっと締め付ける。鼓動に寄り添うように殺して、殺して。繰り返す。現実味のないうったえに苛立って無視しようと努めたその瞬間を待っていたようにしっかりとらえて一息に意識を占領する。

 遠く遠く悲鳴が聞こえる。それがこちらに来ないうちにそらす。そらすけれどまた聞こえる、殺して。

 喉の奥の空間に反響する言葉に、嵐は苛立ちとともに戸惑いも感じた。私死にたいんだろうか。死にたいっていうことなんだろうか。

 即座にちがう、という否定が突き上げて、死にたいなんて思わない。殺して。息苦しくて、意識して深呼吸する。

 言葉に扇動されて早まった鼓動が後頭部でうるさく鳴っている。その速さに感情が錯覚する。怖い。声はそれを拾いエコー。怖い、怖い、怖い……。

 ひい、と音を立てて息を吸いこみ嵐は懸命にそれを吐ききると自分を落ち着かせようとした。なにも怖いことなんかないじゃない。そこの角を曲がってほらもうすぐ学校に着くきゃあああああ!きゃあああああ怖いことなんてないのにどうしてあーーーーあーーーーーー。

「うるさい……」

 吐き出した言葉で切り替えようとする。少しうまく行く。痛みが顔に身体に表れていることを意識せざるを得ない。苛立つ。どうして普通に出来ない。

 ふっと嵐は周りを見回した。

 笑ってる子がいる。憂鬱そうな子がいる。でも、いるだろうか、私みたいに(殺して)殺したがっている子は。

 殺伐とした自分の風景にうんざりしながら嵐は前を向いて歩き始めた。

 胸の痛みと共に切りつめられていく感情。しかめられる眉。にらむようになる目。コンクリートの歩道に叩き付ける力でひたすら前へ進み進んでいく先に、なにがあるのだろうという空しさのなか、これが怒りだと、嵐は感じ。

 怒りの風景の中を行く人たちはみな何がしかの怒りを秘めているように嵐には思えた。

 全身から表出する怒りが誰のものなのか、嵐には分からなくなって。

 わからなくなったままただ歩きつづけた。

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