第15話 無

「何もかも消えていくよ?」

 弱く不安定な鼓動が、吐き気をもよおす。

 それと同じように不安定な自分自身。

 窓の外に焦がれて、それだけ。

 それだけで全て終わってしまう。

「でもおわらないよ」

 呼吸。

 鼓動。

 意識。

 思考。

 願っただけではついえない。

 なにも、終わりにならない。

「何にも終わりにしちゃだめ」

 壊したいんでしょ。

「壊したとしても、なくなってはだめ」

 無は。

 何も生むことがない。

「涙が止まらないのはどうして――?」

 窓ガラスのそばにへたりこんで、嵐は、言葉を吐き出した。

 響かせるため。

 消さないために。

「悲しいの?」

 あとからあとから流れる液体の、意味を嵐は知らない。

 捉えることもできない。

 ただそこにあるものを見つめつづけることしかできない。

「何が悲しいんだろう」

「ホントに悲しいと思ってるの?」

 実感できない気持ちがただただ流れていく。

 いまここで、消えたら、きっと、誰も気づかない。

 窓の外を見て嵐は思う。

 気づいた時にはもう、いなくなってる。

 そして忘れていくだろう。

 存在は、存在していなければそれで終わり。

 何を残しても、それは残したものでしかない。

 嵐自身ではありえない。

「だから無は嫌だ――」

 だから――。

「またいきたいの?」

 低く声が言う。それと共に胸の奥が鈍く痛んだ。

「怒っているの?」

 心の奥のそれに嵐は問う。

「また消えてなくなるわ」

「でもいかなきゃ」

「生きなきゃならないの」

「もう無は嫌だから」

 昼間の強い日光に透ける赤い線を嵐は見上げた。

「あれを忘れられるの?」

 声が言った。

「――忘れない。でも出て行く」

 嵐は言った。

「ここにいても何も始まらないから」

 流れつづける涙を嵐はぬぐった。

 強い思いが突き上げてきて涙はさらにあふれだす。

「悲しいのは――」

 嵐は言った。

「――悲しいのは、ここにいることよ。悲しいのは、なによりも、誰とも関われないことよ。傷付けられたことよりも、なにより――」

 なにより。

 なによりも。

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