第13話 雷鳴

 見えないものがつぶしにかかる小さな世界。

 おとなしせかい。

 こえなきせかい。

 しんだせかい。

 嵐の「世界」。

「見えないものに、つぶされそうだよ」

 窓は曇り。

 ガラス越しに伝わるのは激しく叩きつける雨の音。

 ぴたぴたと跳ね返る音が連なる。雨音。

 早足で流れていく黒い雲。

 ざあざあざあざあ。

 音があり、風の吹きすさぶ世界に嵐は焦がれた。

 ガラスを通して伝わる外の振動。世界の鼓動。

「つぶれるまえに、ねえ。まだ、できないのね」

 呆れたような、あきらめかけたような、声が、喉の奥でいう。

 嵐は黙って聞いている。

 窓には干からびた赤い線。

 干からびたところに、曇りが、水滴を作って、流れ落ちそうになって、とどまっている。

「……できない?」

 細くかれた声で、問う。

「なにを?」

 右手が強く握り締められて、みぞおちのあたりまでのぼる。

「――あんたの心臓は知っている」

 恨みのような低い声が、震える。

「あんたがどうしたいかなんて、とうに知っている」

 右手はゆるゆると下がり、力を抜いた。

 嵐は首を振る。

「私は知らない」

 喉が引きつれる音が雨音の間に響く。

 息苦しくなって、嵐は左手を喉に当てた。

 脈動が、指先を押し返す。

 嵐は力を込めた。

 からみついてとれない。

 とれない。

 とれない。

(たすけて、たすけて、たすけて、たすけて)

 爆発しそうな鼓動。

 爆発しそうな頭。

 真っ白になった。

 真っ暗になった。

 全身に衝撃を受けて、息が詰まる。

 すぐに解放された喉は空気を求めて鳴った。

 薄暗い部屋の天井が視界を閉める。

 よどんだ空気を呼吸して、嵐はすべての力を抜いた。

 嘘をつくのはやめるね。

 私は知っているよ。

 本当のことを知っているよ。

 だから生きていくよ。

 壊したいのも、殺したいのも。

 おまえの痛みを知っているよ。

 降り積もる雨の音は、感情の動く時の、じっとした音に、とても良く似ているから。

 嵐は、引き寄せる。

 ずっと。

 小さな暗い箱のなか。

 閉じ込めてきた、

 思いを――。

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