魔女の武器、それは
それは遠くにある的の、ど真ん中を射抜けるようにひたすら矢を打ち続けるようなものだった。その甲斐あってか彼女の音は強くなり、ずいぶんと響くようになってきている。
そして、その過程で何を悟ったのか、弓枝はうちの馬鹿弟子にも助言をしたらしい。
「欠点を裏返す方式。弱みを利用してさらなる高みに上る力、か……」
存在感のなさを逆に捉えて、予想外の方向から目的を貫く。
それは森の枝葉を利用して、逃げ場のないところまで獲物を追い込み仕留めるようなものだ。あいつ生き生きとその狩猟本能を満たしてるなあ……。見た目地味女だけど、うちの学年である意味一番スプラッタで攻撃的なのって、あいつなんじゃないかって気がする。
じゃあ――と、そこで、ひるがえって思う。あたしの欠点って何だろう?
考えてみれば山のように出てくる。人に介入できない。一歩引くことでしか未来が見えない。
究極の自己嫌悪。極度のめんどくさがり、熟考癖。人を恐れ、そして憎悪する悪意の塊。
深淵に引きこもった暗銀の魔女。
ずるくて、セコくて、臆病な魂。森の中を這う蛇がごとく、状況の藪の中をうごめき続ける。
……なんて、そんな風に考える辺り、後から聞いてみれば馬鹿弟子と同じ思考パターンだった。やっぱり師弟って似るのかな。あっちの癖があたしに移ったのか、あたしの癖があの子に移ったのか。まあどこかで通じ合うものはあったし、お互い様かな。
そしてそんな弟子とあたしの間にいる、静かな狩人のことを思い出す。
彼女は何と言っていただろう。あたしとの打ち合わせのとき、弟子のことを口にしていたあの同い年は――
「……『自分の持っているものを否定しないで』」
森の湖のように澄んだ瞳で、そんなことを言ったものだ。
彼女はそれを持ち続けたからこそ、強く生き始めた。こちらを見ることもなく、ただ背中で語る、ヒーローのようなハンターになった。
ヒーローというのはいささか大げさだけれども、弓枝が脇役であろうがスピンオフができそうなほどの存在になったことに変わりはない。
あたしみたいな厭世的な魔女には関わりのないことだけど、物語の中心というのは得てして、行動する者に与えられるものだ。
あたしはそうじゃない。
主人公なんかじゃない。けど裏方なら裏方なりに、力を尽くそう。あたしが事態の中心になるとは思えないけれど、それでも持っているものを利用して、この状況に手を打とう。
そして、あたしが持っているものといえば――
「……毒」
使い方次第でどうにでもなる、毒にも薬にもなる材料。
自己嫌悪と後悔にまみれた思考。地の底を這う蛇にふさわしい、噛んだ存在を蝕むもの。
これまで状況を調整、中和するためだけに使ってきたそれを――
濃縮して。
思い切り。
「……優に、打ち込むのか?」
意図せずして生み出してしまった思考を抱え、あたしは呆然とそうつぶやく。
自らこそ正義といった風に振る舞う同い年を止めるには、確かにそれは有益な手段のような気がした。
ちっとは自分のことを省みろよ。そう言いたい気持ちはもちろんある。
けれども。
「……したくない、よ」
あの子はあの子なりに一生懸命なのだということは、見ていてよく分かっていた。
方向性はともあれ頑張る人間を貶めるという真似は、この期に及んでも気が進まなかった。いや――それはただ単に、あたしが臆病なだけかもしれないけど、だからって。
彼女が持っているものを全て汚すほどのことは、やっぱりしたくなかったのだ。
あの同い年はあたしにはない、物事の中心に立てる力を持っている。そこから引きずり落とすようなことは、どうしても気が引ける。
そしてさらなる問題は、だとしても彼女に近づけるような機会は、そうそうないということだった。
去年の年末以来、あたしと優はほぼ没交渉になっている。彼女にたどり着くための障害は、やや多すぎる――けれど、それすら有利に働かせた、友達のことを考えて。
「あたしは、あんたみたいにはなれないよ、弓枝……」
義理も人情も、ひたすら割り切ってただ自分の求めるものに邁進する狩人に。
あたしは脇役らしく、ただその毒を抱えてそうつぶやいていた。
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