幕間5~戦乙女たちの甘味祭り
「生クリーム! 生クリームの追加を要求するのです!」
――とまあ、二年の後半の方は殺伐とした雰囲気のあたしと優だったけど。
卒業した今、彼女とはこうしてファミレスで、パンケーキを食べるくらいになっている。いやあ、本当にどうしてこうなった、あたしたち。
そんなわけで、現在卒業したての同い年ども――
ちっちゃいお手てでナイフとフォークを持って生クリームの追加を要求する優は、以前のような剣呑さは鳴りを潜めれ、純粋なる食欲の塊と化している。
ナデナデしたらたぶんそのナイフで切ってかかられるけど、それはあのときのような暗い情念からではなくて、ただ単に恥ずかしさからである。まあ、こうなるに至った事件とその経緯は、これからお話するけどさ……その前に、ちょっと休憩だ。
あたしに少し甘めのコーヒーを補給させてくれ。そう断って席を立ち、ドリンクバーに向かう。
ブラックもミルクたっぷりのカフェオレも、全然いける。まあ、実はそれすら受け付けなくなった時代が、これからやってくるんだけど――それもいずれ、話すとしよう。
重要なのは、何があったにせよあたしたちは、こうして頭の軽い女子会なんてやっているということだ。
だから、肩肘張らないでこの先も、聞いてやってほしい。三年生になったあたしたちが、あの子の裏でどんなことをしていたかということを――
「……砂糖多めのカフェラテなんて、広美にしてはずいぶん優しいものを飲むね」
「……相変わらず気配なく後ろから近づいてくるの、やめてくれるかな弓枝」
すると、紅茶のおかわりに来たのだろう。いつの間にか弓枝がドリンクバーコーナーにやってきて、あたしの後ろからそんな風に声をかけてきた。
二年生の後半から、その特異性を発揮して数々の戦果をあげてきた彼女だけれども、日常でそれをやるのは心臓に悪いから勘弁してほしい。
まあ、あたしだって人のことを言えたもんじゃないけどさ。さっき思い出したけど、優に対してあそこまで
彼女にしてみれば、心臓に悪かったことだろう。けどあたしの心の隅では、未だに人ではない部分がささやいている――「たとえあれ以外の方法だったとしても、最終的にはあの未来にたどり着いていただろう?」
確かに、そうなのだ。いずれにせよ、好きな人や好きなものから目を背けた時点で、優の運命は決まっていた。
それはどうあがいても変えられない、あたしの手の届かないところなのだ――二年かけてようやく、それを認められるようになったあたしは、成長したのか嫌な大人になったのか、どっちなんだろうね?
いずれにしても、色々なものを乗り越えて、知らなかった未来にあたしたちはたどり着けている。
それだけは、自覚して――あたしは、弓枝に言った。
「……なんかねえ。昔のことを思い出して、脳みそが疲れたというかね。カロリーがほしくなったのはあるね」
「まあ、ひどいものだったからね。去年の今頃のわたしたちなんかは。……けど、なんというか今の言い回し、
「ああ、甘いもの好きはあの子の特徴だったもんねえ」
嫌がらせにブラックコーヒーをあげたときの、あの馬鹿弟子のことを考える。
そういえばあの子、最初にあたしがおごってあげるって言ったときココア買ってたな。他にも、いちごみるくとかモンブランとか。あのままいったら将来糖尿になるんじゃね? 知らんけど。
そこまではあたし、面倒みきれないなあー。ていうかそんな未来、来てほしくないなあー。切にあの子自身が、健康管理をしてくれることを望むよ。
いくら他人ががんばったところで、やっぱり状況をどうにかするのはその人自身なんだし。
まあ、ダイエットに付き合ってくれっていうんだったら付き合うけどさ――と、取り留めもなく考えていたとき、あたしはふと、当時のことを思い出した。
「あー、そういえば疲れてたとき、あの子の耳たぶ噛んだことがあったなあ」
「……広美」
「え、何?」
何気なくそう口走ったら、友達にドン引きされた。
黒縁眼鏡の落ち着いた顔は引きつって、湖面のような眼差しは珍しく揺らいで、こっちを見ている。いや待てよ弓枝、『世界拷問器具大全』を見てニヤニヤしてたあんたを見たときのあたしも、たぶんそんな顔をしてたぞ!?
けど、趣味の方向性が違うあたしたちは、それぞれに違う部分があるのであって。
優とのあのやり取りに疲れてあたしが弟子の耳たぶを噛んだということも、彼女としては「ないわ―」的なことだったらしい。森の狩人、平ケ崎弓枝は同じく森の住人である、高久広美を見て言ってくる。
「昔から思ってたけど……広美って悪趣味だね」
「ハイハイ分かりましたよ気を付けますよ! コンプライアンスにのっとった清く正しい魔女を目指しますよあたしは!」
言いながら、甘く味付けされたカフェオレを一気飲みする。
そして、糖分を補給したら――今度は甘くて苦い最終学年の、はじまりはじまり。
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