不器用な忠告
二年生の年末の時点で、あたしが
別にあたしは彼女のことを嫌いではないし、むしろその真っすぐな向上心は、あたしにはないものなので良しと思っている。
けれどもそれは一方的な片思いであり、同い年にとってはそうではなかったらしい。
彼女は――優は、
なので、優にとってこの時点でのあたしは謎の存在、それこそ森にすむ不気味な魔女といった感じだった。
力があるのは知っているけれども、うかつに手を出したくない。
けど、だからってさあ。
無視はないと思うんだよね、無視は。
「なあ、優。どうすれば金賞を取れると思う?」
「……徹底的な練習と、それに伴う技術の向上でしょう。それ以外にはあり得ません」
「うーん。まあそれもそうだけど、それだけじゃないとあたしは思うんだけどなあ」
「……何が言いたいんですか」
あなたの言い回しは、意図が不明で不十分です――と警戒した目つきで、優は言ってきた。
どうにも避けられてて、ようやくコンタクトを取れたと思ったらこれだよ。同い年だっていうのに、嫌われたもんだね、まったく。
よく吹奏楽部は『金賞至上命題派』と『楽しければいいや派』に分かれる。優は前者であり、あたしは限りなく後者に近いのだけれども、それでも取れるものなら金賞を取りたいっていうのが人情だった。
だから完全に賞も何も関係ありませーん、といった気持ちではあたしはないし、できるもなら同い年の力になってやりたいっていうのが普通のところじゃないか?
そう思って言ったセリフだったのだけれども、どうやらあたしのそんな純粋な心は優には見えなかったらしく、彼女は半眼になっている。
「いやあ。それも確かに重要だけど、『演奏以外』のことについて、優はどう思ってるのかなあって。特に後輩たちとかさ。その考えを知った上で、行動してるっていうんならいいんだけど」
「……まあ、確かに説明不足だったというのはあるかもしれませんね。それは今後、みなに伝えましょう」
用事は、それだけですか――? と、あたしと視線を合わせないまま、優は言った。うーん、なんだろうこれ。そんなにあたしって不気味かい? なんか、傷つくなあ。
これは馬鹿弟子曰く『あたしの日頃の行いのせい』らしいけど、コーヒー飲んでくだをまいて、たまーにあ、これまずいなってときにポロっと本音を言ったりする人間の、どこが怖いっていうんだろう。
まあ、そのまれに核心をズバッと突いちゃうところが、他の人からすると恐ろしいんだっていうのを後から知ったけどね。
特に、優みたいなクソ真面目な人間からすれば。そんな風に日頃を全力で生きてない人間なんて、意味が分からなかったんだろう。
けどまあ、そのときのあたしは若かったので、彼女のそんな考えまでは読めなかった。あたしの未来予測はあくまで全体を
人の心の
まあそんなわけでそのときのあたしはともかく、悪意ゼロの忠告のつもりで同い年に声をかけていたんだ。
このままだとこいつは後輩に裏切られる。
それは初めて会ったときから、見えてしまっていたから。個人的な能力だとこの部活でもトップクラスだけど、それでも部長っていう役職は、それだけで務まるもんじゃない。
だとしたら、こいつがつまずくのは人間関係なのだ。真っすぐすぎて、曲がった感情には対応できない。
他の人のことでも、自分のことでも。
歪んだ恋心になんて、対処できるわけがないのだ――
そのことごとくに、彼女は明快な対応策を持っていなかった。
白黒つかない、結論が出ないことを、この同い年は何より嫌う。そしてその権化たるあたしにも、当然いい感情を抱かない――けれども、それでもあえて言おう。
「
「……あなたには関係ありません」
その歪みの中心点。
優の悩みの奥底に触れたら、今度こそ彼女はこちらをにらみつけて、尖った殺気を打ち出してきた。
悔しかった。悲しかった。
寂しかった――そしてその分だけ、幸せだった。
その感情を追いかけることを、止めろとは言えない。
だってあたしも湊っちも、それは同じだったから。自分のことを棚に上げて人にできないことを、要求なんかしないさ。
ただ、『そうだ』という自覚だけは持っていてほしかった。なにせ優は部長である。彼女にしか解けない包帯がある以上――そしてその傷に、部員全体が巻き込まれかねない以上、自分の行動の根幹にそれがあるということだけは、頭に入れておいてほしかったんだ。
けれども優に、そんな余裕はなかった。
そりゃそうだ、なにせあたしにもなかったんだから――三年生を失って、そして自分たちが一番上になって、いっぱいいっぱいで。
他人のことを気遣える余裕なんて、なかったんだ――そのことを、あたしは優の次の行動から思い知らされることになる。
「……もう二度と、その話題には触れないでください。それは金賞とは何の関係もありません。いない人はもういないんです。そんな人のことを考えてもしょうがありません」
「……あんまり技術と人を切り離さない方がいいよ、優」
「しつこいですね。もう二度と口にするなと言ったでしょう」
この話は、ここで終わりです――と、優はそっぽを向いて。
そして、そこから立ち去ってしまった。そんな彼女の背を追いかけることもできなくて、あたしは頭をかきながら優の後ろ姿を見送る。
それきり、彼女があたしに業務連絡以外で話してくることはなくなった。
三年生の、『あの日』まで――優とあたしは冷戦状態のまま、半年以上の時を過ごすことになる。
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