森の住人たちの細長い光
そして、そんな弟子を得た魔女――あたしと同じように、他の二年生にも変化は現れていた。
「……
そう言って、あたしと同い年の
本の虫であるこいつだけど、今手にしているのは『世界拷問器具大全』というものだ。え、何こいつ。真顔で言ってるけど、それ冗談なわけ?
「どっちが悪趣味だよ。こないだ後輩をかばったその手で、今度はあたしの頭を殴るか。辞典で角に縦に思いっ切り殴るとか、やっぱおまえはサドだったのか」
「否定はしない。悪趣味の方向性が違うだけ」
冗談でもなんでもなく本気で、弓枝はさらりと言ってのけた。
この辺の雰囲気は、なんだろうね。静かで淡々としてるけど、まやかとも
まあこいつの言い方を借りるなら、悪趣味の方向性が違うっていうか――他の二人は感情欠落で見た目静かに見えるけど、弓枝の場合はそうじゃない。
確固たる意志をもって、狙いを定めて狩人のように、獲物を射抜く者なのだ。
存在感のなさを利用して、こいつは透明な弓矢を放とうとしている――人のこと言えないけど、正気の沙汰じゃないね。見定めたものを感情をコントロールして容赦なく射抜きたいとか、どれほど加虐趣味なのさ。
「この間も言ったけど、三年生が抜けて色々状況が動いてる。変わらなくちゃならないのは、わたしたちの学年だって一緒」
「へいへい。さすが首席奏者サマは、言うことが違いますねー。あたしみたいな合奏の底を這う蛇みたいな人間とは、大違いだ」
「その態度も、いずれ改めなければならない日が、やってくる」
「……分かってるよ。いつまでもこうしてはいられないって、頭では分かってるさ」
そしてそんな蛇を、スナイパーは逃さなかった。
言い訳の茂みに隠れようとしたところを、彼女は先んじて一発、
まあ、そうでもないとトランペットの一番なんてやってられないのだろうけどさ。
こいつもこいつで先輩を失って、新たな道を模索してる途中なのだろう。その途中であたしは弟子を拾い、弓枝はなんか攻撃的な本(よく分からないけどこいつにしてみれば色々思い切ったチョイスなのだと思う)を選んだのだ。
他の面子は――なんだろうな。
まやかは相変わらずあんな調子だし、
一番心配なのは部長になった
「他の人のことはいいから、今は広美の話」
「ぐっ……」
なんて、そんなことを考えていたら第二射が飛んできた。くそ、さすがあたしのマブダチだぜ。思考パターンを分かってるじゃないか。
あたしが森の魔女なら。彼女は森の狩人。
お互い部長選でもれてしまった、『もしも』があったら部の中心に立っていた二人だ。まあ、そんなことになったら今以上にどうしようもなかったのだろうけど。
森の住人は森の住人らしく、あたしたちがやるのはゲリラ戦。
不意打ちだまし討ち遠距離狙撃が、得意な者たちである。なのでそんな技能を持つあたしたちは、今後の展望についてささやくように、静かに話し合う。
「……必要に応じて、必要な措置を取る。差し当たっては優と同感。三年生がいなくなってパワーが落ちた分、それを個人のレベルアップで補ってくことが必要なのだと思う」
「……あいつの言うとおりにするのはなんだか
「問題は、なんのためにそうするか」
ここにきて、二年生の後半になってまで全く分かり合えていないあたしたちの学年に対して。
弓枝はそこにまで、その切っ先を向けた。
「わたしたちは、目的がそれぞれあまりに違い過ぎる。金賞、恩義、釈明、快楽、あとは……まあ、なんとなく。その目的の違いが、後になって響いてくる」
「……あたしもあたしで相当だと思うけどさ、あんたもあんたで違う意味で『眼』がいいよね」
未来視もかくや、といった同い年の言葉に、あたしは呆れてそう言った。お株を奪われたみたいな感じだけど、弓枝のその考えと予測は、あたしのそれと一致する。
気が合うというか馬が合うというか。だからこそ話がスムーズに進んで心地いいんだけど。
じゃあ、どうするのかって話で――同い年は最後に、あたしの心臓めがけて、その弓を放ってきた。
「広美は、どうするの?」
静かで真っすぐなその瞳は、特になんの感情も映さず。
ただ事実だけを言っているといった自然の湖面のように、穏やかなものだった。
だからだろうか。
やり方には少々文句をつけたかったけど、あたしは弓枝に素直なところを正直に言った。
「……悲劇の回避。そして願わくば、幸せの生産」
「やり方は?」
「……根回し。それから――あたし自身の正確な行動と、フィードバック。その繰り返し」
「地道で結構」
今度こそあたしは、その手に持った本で殴られないで済んだらしい。
打ち合わせというには実に過激なやり取りをして、あたしたちはそれぞれ行動を開始する。弓枝は、その本性をしまってやはり誰にも悟られず、動き始めた。
と――その前に、彼女はあたしを振り返って言う。
「『自分の持っているものを否定しないで』」
「……なにそれ」
「あなたの弟子に言われた言葉。あの子はとてもいいものを持っている。大切にしてあげて」
「……言われなくても分かってるよ、そんなこと」
だから引き取ったのだ。あたしは、あの子を。
こいつと同じく、どこかで心が通じ合えそうだったから手を取ったんだ。
それが、この狩人に分かっていないわけではないだろう――だから今のはただの念押し、友達への土産に獲物を差し出したようなものだ。
そんな魔女の元へ、あたしが作る薬だか毒だかの材料になりそうなものを持ってきた彼女は、去り際に言う。
「あとはお互い。手はずどおりに」
「了解。あとはお互い。手はずどおりに」
それだけで、お互いの意思疎通は完了した。
他の面子も同じくらい簡単にいけばいいのだけれども、いかんせんそうはいかない。
だってこれから挑むのは、あたしがこれまで避け続けてきたしがらみそのものなのだから――
「……願わくば幸せの創造、か」
そんなものは錬金術だって不可能だと思わなくもないけれど。
友達がいてくれる限り、そこにはとても細くて長い希望があるような気がした。
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