魔女集会で会いましょう

 こうして、魔女はひとりの弟子を得た。

 純朴でまっとうな、年下の男の子を――っていうと、なんか違う物語が始まりそうでアレだな。あの子とあたしのほのぼの恋話ができそうじゃないか。


 いやしかし、あいにくとあたしはあの子とそんな関係になりたいわけじゃなかった。

 むしろ自分がいなくなったときのことを考えて、本当にあの子を救ってくれそうな子を探していた。

 お見合い相手を探すような母親の気持ちってこんなものかもしれない。だってあたしはあたしでいずれ去る身だし、また同じことを繰り返さないためにも布石を打っておくことは必要だった。


 立ち上がったあの子は、やっぱりどうしても不安定だったし。

 これはしばらく、面倒をみなくちゃいけないな――と一命をとりとめたネコでも見るような感じで、このときは考えてたね。魔女だけに例えが人非人ひんぴにんだ。使い魔じゃないってのに。


「これからしばらく、低音楽器はあたしとみなとっちの二人だけになるからね。面倒みてあげるよ」


 そう言ったあたしに、しかしあの子はそれでいいと言った。

 あの人の形見(死んでないけど、引退した先輩の楽器を受け継ぐってのはそういうもんだ)を与えて、少しだけマシな顔つきにはなったけれど。

 大怪我をして衰弱した存在には変わりない。げっそりした顔に無理やり笑みを浮かべて、そんな痛々しい表情で春日かすが先輩の残したものを抱える後輩。

 それを見てたら、さすがにあたしもちょっと腹が立ってきた。


「……それはさ、自罰意識も入ってる?」

「かも、しれません」

「あんまり好きじゃないなあ、そういうの」


 あんまりどころか全然好きじゃない。

 なにせそれは、今のあたしを形成してしまっている呪いのひとつだからだ。『あのときああすればよかった』『違った行動を起こしていれば、あの人は救えたかもしれない』『こうなっても何も感じないとかさ、あんた病気なんじゃないの?』――ああ、そうだ。そうやって自分を責めているから、あたしは生きていられるし死んでいられる。


 どこにも行けないでいられる。

 みんなから離れて、世界の観測者を気取って何もかもを上から目線で見ることができる。本当は、ただ臆病なだけの引きこもり女だ。

 ちょっと人とは変わっていて、その些細な違いを理解できない馬鹿女だ。

 だからそんなはぐれ者として、あたしはあの子の呪いのひとつに手を出す。


「周りのみんなはさあ、きみのことを春日先輩の後継者だのなんだの言ってるけど――そんなもんいつでも投げ出していいと、あたしは思ってる」


 だって、おかしいじゃないか。

 誰よりも自由に生きてほしい、と先輩自身が願って送り出されたはずのこの子が。

 運命と影響にがんじがらめにされるなんて、おかしいじゃないか――さっきの星占い、もとい未来予測はあたしの頭に、様々な可能性を浮かび上がらせていた。


 そのどれもが、この子が傷つきながらも周りの人間のためにがんばる未来だ。

 それはどこかで、中島先輩のことをあたしに思い出させる。人の考えを優先して、最後には消えてしまった人。そんな風にならないためにも、ここでの考え方の修正は絶対に必要だった。


「届かない影をいつまでも追う必要はない。きみはきみの音を出せばいい。何時間か前も言ったけど、そんな無理やり出したクソつまんねー音、あたしの後ろで出してほしくない」


 届かない影をいつまでも追うなとか、どの口が言うんだって話だけど、それでもここでそれは、言っておかなきゃならなかった。

 大量の流れの中で、この子をこの子たらしめるための一滴。

 成分調整、濃度調整のためのひと雫。

 それはある状況では薬になったり、あるいは毒薬になるのかもしれない。


 いずれにしても、ここでこう言っておくことは――『誰かの期待に応えるだけの機械にならなくていい』と言うことは、絶対に必要だった。

 そうでなければ、苦しくて息もできなくなってしまう。あたしと同い年の、あの打楽器の馬鹿女みたいに――

 そこまで思考を広げてしまうのが、あたしの未来予測装置たるゆえんであり、また悪い癖でもある。

 顔を伏せて黙る弟子にかけるような言葉が、あのときのあたしにはそれ以上出てこなかった。


「……うん、わかった。さっきも言ったね。今はいいよ、それで」


 そう返すのが精一杯で。

 もうそれより他に、この子にしてやれることはないと思った。この先のことはともかく、今ここで行動を起こすのは逆効果だ。

 落ち込んでいる人間に落ち込むなと言ったところで、どうにもならないのと同じ。

 時には『放っておく』ことが、有用な選択肢のひとつになる――網戸先輩が言っていたとおり、それは真実なのだろう。


「でも、つらかったら追いかけるのやめていいからね。そのための布石は打ってあるから」


 そう言うあたしに、あの子は首を傾げたけど。

 その様は、きっと網戸先輩の言動を不思議に思っていた、あたしみたいなのだろうな、と思うと――あの人はこんな気持ちだったのだろうなと、今はいないあのもうひとりの魔女のことを考える。


 あの先輩はファンタスティックすぎて、未だに理解の及ばない人ではあるけど。

 あたしが先輩のことを師匠と呼んだとき、微妙な顔をしたあの人は――きっと今のあたしみたいに、くすぐったいような照れ臭いような、そんな気持ちを覚えていたのではないかと思う。

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