暗銀の魔女、弟子を取る

 呪いにまみれて黒くくすんだ、暗銀の魔女。

 そんな、あたしだけど――


「……結局、俺はどうすればよかったんでしょう」


 こんなあたしでも誰かの言葉に応えなくちゃならない、そんなときがやってきた。

 迎えるは馬鹿みたいに高い青空。そんな透き通りからはるか離れたところにいる、膝を抱えたあたしたち。

 高久広美たかくひろみと、湊鍵太郎みなとけんたろう

 コンクールを終え、学校祭を終え。

 三年生を失った、途方に暮れたあたしたちだけだった。

 特に春日かすが先輩という存在をなくして、かつ自分の醜さを知ったあの子は、どす黒いオーラをまとわりつかせている。

 校舎の屋上なんていう、爽やかの象徴みたいな場所で、あたしたち二人は座り込む。

 向かい合わせではない。そんな根性も精神力も、あたしたちなんかにありはしない――正面切って誰かと相対するような、そんな力強さは。

 けれど、ひとりで取り残されて。

 動けなくなってしまったあの子に――それでも傍にいてあげられるのは、やっぱりあたししかいなかったから。

 隣で一緒に座ってやるしかなかった。たとえ、半ばこうなることが分かっていたとしても。

 昔のあたしみたいにどこにも行けなくなってしまったきみを、見捨てることはできなかった。


「誰だって、居心地のいい場所を手放したくはないよ。どんなに一時だってわかっててもさ」


 たった半年しか組んでいなかったみーみーカルテットは、それでも心地のいい場所だった。

 網戸あじと先輩と一緒にいるのは、すごく楽しかった。厨二で浮世離れして空気を読めない人だったけど、それでもあの人といると、その優しさに心を癒された。

 春日先輩だってそう。

 ゆるゆるほえほえの、のほほんとした太陽みたいな人――温かい、でも触れることのできない存在。

 そんな人たちに救ってもらったことは、とてもありがたかった。いずれその人たちが、いなくなると分かっていても――そんな場所を手放したくはない。

 それは誰だってそうだろう?

 心の拠り所というのは、そういうものだ。けれどそれを失ったきみとあたしは、思い出の中にそれを見出していくしかなかった。


「ねえ、湊っち。よく思い出して」


 あの人が言っていたことを。

 あの人たちが言っていたことを。


「好きなようにやりたまえよ」と網戸先輩は言った。

「みんながやりたうようにやれる部活がいいです!」と春日先輩は言ってのけた。


 あたしはあの人たちみたいに、きみのことを照らすことはできない。

 けれどあの人たちの代わりに、きみの手を引っ張っていくことはできるんじゃないかと――そのとき思った。


 ただの真似事かもしれないけれど。

 それでも、あたしの行いが、ほんの少しだけ誰かの助けになればと、そう思ったんだ。

 救いなんてもんじゃない。そんな大層なもんじゃない。

 けれど、少しだけ共通するもののあるあたしたちが、それを媒介に手を取り合えればという話だ。

 どんどん自分を追い詰めていくきみは、まるで自分を見ているようで。

 ああ、あたしってこんな風に見えてるんだなあって――初めて自分を客観視したよ。

 なら、手当ての仕方は分かっている。

 折れた心に、それを忘れるくらいの添え木をすること――


「答えが全部きみの歩いてきた中にあるっていうのなら――『それ』だってたぶん、あの人からもらってるはずだよ」


 それは時が経てばなくなってしまうだろう、あの人の影。

 あの人たちの残していったもの――あたしにはない、けれど覚えている、キラキラした記憶の欠片たち。

 この子の未来は不確定で、そして今は真っ暗なものに閉ざされてしまっているけれど。

 そんな星座みたいな輝きは、いつかこの子を在るべきところへ導いてくれるって――そう信じてる。

 なにせあたしがそうだったから。

 網戸先輩がしてくれたように、そっとそこに手を添えるのが、あたしの役目だ。


 まったく、いつからあたしは、星占いなんてするようになったんだろう。

 魔女は魔女でも、こんなのは専門外だ。だけどその専門外のことも、あたしはしなきゃならなくなった。

 できるかどうかは分からないけれども。

 それでもあたしは、この子を守りたかったから。

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