呪いは効かない
あたしはどうすればいい――そんな今からすれば悠長な、唾棄すべき甘えにまみれたことを考えていたあたしだけど。
「まあ、きみたちが真剣に打ち込まない限り、わたしたちの気持ちなどわからないだろうけどね」
それを動かす事態は、思ったより早くやってきた。
前も言ったけど、あたしの未来予測は自分には反応しないし、情報のないところから観測結果は出てこない。
だから――あの県大会の会場で、
ナチュラル周り見下し。自分の主張以外認めないその尊大さ。
まあ、まさに嫌味ったらしい悪役といったところだよね――と、半ば呆れた眼差しであたしはそんなエライ先生のことを見ていたわけだけれども。
それに周りは、とんでもなく過敏に反応した。
特にひどかったのは、
あんなに先生が止めてたのに、なんで食って掛かるのさ。先生が額を押さえたとき、あたしも頭を抱えたくなったね。楽器で片手がふさがってたからできなかったけどさ。
「そんなの、おかしいです」
けどまあ、『おかしいこと』を『おかしい』と言い切れるきみは。
まぶしかったね――うらやましいほどに、かっこよかった。
たとえそれが目の前の膨大な闇に呑み込まれそうなほどの、小さな輝きであったとしても。
それを守るべきなのだろうということは、理屈もなく思うくらいに感じられたよ。
あのまま事態が動かなければ、あたしが動くかもしれなかった。ま、先生がいる以上どうにかなるだろうとは思っていたけど。
案の定、
世界は本当に、いろんな考え方で回ってるんだなあって実感したね。
どこか連帯の輪から外れたあたしは、全ての物事を等量に考える癖がついてしまって。
あの場にいた全員の主張を、ある意味で認めることができる。
バカ弟子が言いたかったことも理解できるし、けれどもどこか感情的でない部分で、上欠さんの言うことも正しいんだって思っていた。
いろんな感情と理屈が渦巻きすぎて、それが観測機に大量に流れ込んできて、頭が圧迫される。
だからコンクールは気が進まないし、来ると疲れる。自分っていう存在が希薄になっていくような気がするから。
けれども同時に、人間的なあたしの部分が悲鳴をあげるからこそ、あたしはとどまっていられたんだ。
『こうなっても何も感じないとかさ、あんた病気なんじゃないの?』
ああ、そうだね。
病気なんだろうね。だからみんながこんなに怒っているのに、あたしだけ何も感じないんだ。
とっくに呪われているからこそ、上欠さんの呪いはあたしには通じなかった。
それがいいことだったのか悪いことだったのかは知れないけど。後になって、それは結果的にいい方に転んだけどさ。
まあ、このときはみんながカッカしてたから、それを鎮めるのに必死だったよ。
この雰囲気はいけない。音楽に臨む姿勢じゃないよ。
そうやって少しでも周りを落ち着けようとしたけど、力不足ではあったよね。
いかに
誰かの言ったセリフは、あたしの心の奥底に呪いになってこびりついている。
傷ついたり救われたり、そんなことをしながら世界は回っていく。
あたしはその輪から逃れようとしたけど、やっぱり逃げられなくて。
呪いと病に蝕まれたまま、ずっとずっと、その思い出を見てた。
『広美はさ、何も感じないの?』
そう問われたときに返すべき言葉は、未だに思い浮かんでいなくて。
あたしの魂は、中学三年のあのときのまま、まだそこにある。
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