幕間4~思っていても言わないこと

「……というわけで。あたしは城山先生を、なんつーか尊敬してるって感じかな。うん」

『へー……』


 同い年たちに訊かれて正直な気持ちを答えたら、なぜか全員が半眼でこちらを見返してきた。

 ちょっと待って何でそんな胡散臭げな顔してるんだよ、みんな。

 あんたらが本当のところをぶっちゃけろって言うから、あたしは割とちゃんと話したんだぜ!?

 そんな風に思っていると、テーブルの向こう側からジト目で、貝島優かいじまゆうが言ってくる。


「広美の言うことは、信用ならないのです。だって、思ってても言わないことがあるじゃないですか。広美の場合、そういうのが多いから信じてもらえないのです」


 あ、この女あのときのことを根に持ってやがる。

 まあ、確かにあれは半分だまし討ちみたいなもんだったけど、だからってあれだけで、人をオオカミ少年扱いしないでもらえるかな……。

 思ってても言わないことがあるのは、それが人間関係を円滑に進めるための処世術だと、あたしが思ってるからなんだけど。

 そういう態度に出るんだったら、こっちだって言われっぱなしというわけにもいかない。

 なので、鬼の首を取ったかのような顔をする優に、あたしは反撃をしてみる。


「なんだよ、人がせっかくこういう席だから、素直にしゃべったのにさ。ていうか、あたしが話したんだから優も滝田先輩のこと、ちゃんと話せよなー。まあ、あんたのことだからどうせ高いところにあったものを取ってもらったとか、そういうのがきっかけなんだろうけどさ」

「な、なぜそれを知っているのですか!?」


 おいマジなのかよ。

 鎌をかけたら見事に相手が引っかかって、むしろこっちが驚いた。

 しかしまあ、そんな盛大な自爆をかました優に、他の面子が「え!? なになにその話!? 詳しく!!」「あらあら。それっていつの話?」などと食いつき始めたので、それはそれでヨシとする。


 ふっ。あたしに集団戦で勝とうなど、百年早いのだよ、優。

『場』を動かす力、なんてあの弟子は言っていたけど――あたしのこれはどちらかというと扇動者アジテーター、つまりやっぱり黒幕の能力だ。

 空気を読んで、周囲を思った方向に誘導していく能力。

 部活にいたときも、なんなら引退した今も、それは変わらない。

 あたしは、やっぱり暗闇の奥から物事を見つめて、表舞台には出ず人を動かしていく人間なのだ。


 それを――「それでいい」と肯定してくれた先生のことは……まあ、そりゃ、感謝してるさ。


 かといって、これが好意かと聞かれたら、ちょっとどうかと思ったりもする。

 底が知れない、とはあのとき思ったけど、かといって全部が全部わけが分からないわけでもなく。

 むしろ、あの普段の言動からして底が抜けてる、っていった方が正しいんじゃないかな、あの人は……といじられる優を眺めつつ、あたしは思っていた。


 妙に脇が甘いから、こんな風に変なのに絡まれたら大変だろうし。

 だったら、先生には色々なことを考えてあげられる、ものすごくしっかりした人が合ってるんじゃないかなと思うんだよね。

 そう考えると、音楽家の奥さんって大変だろうなあ。そう結論付けて、やれやれと苦笑して息をつくと――

 それまで黙って状況を見守っていた、平ケ崎弓枝ひらがさきゆみえと目が合った。


 彼女は、同い年たちの騒ぎをちらりと確認してから、あたしにしか聞こえないようにボソリと言う。


「……別に、合ってないわけじゃないと思うけど」

「え」


 友人の発言にそれこそギョッとして、あたしは顔を引きつらせた。

 この女、今までずっと黙っていたと思ったら、こんなことを考えてやがったのか。

 いや、だって……十五歳差だよ?

 先生自身も、あんまり踏み込もうとするとその分、引っ込んじゃうような人だったし――とりわけ、先生と生徒という点に関しちゃ、明確に線を引いている節がある。

 あれはたぶん昔、何かあったんだろうね。それが何なのかまでは、分からないけれど。


「あー……いや。うん」


 弓枝と目が合わせられなくて、あたしは顔を窓の外に向けた。

 言わぬが花、という言葉がある。

 それが人間関係を円滑に進めるための、処世術だとあたしは思ってるんだけど。


「さすがに……先生もそこまで待ってくれないと思うんだけどなあ」


『それ』を言ったら、先生は――果たして、どんな顔をするんだろうか。

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