幕間3~それぞれの恋愛事情

「って、ていうかさ!? 優も滝田先輩のこと、好きだったんじゃないの!?」


 と――収まりかけた火種に、さらにうっかりと油を注ぐのが、今泉智恵いまいずみともえという人間なのだった。

 こ、この女、せっかく事が穏便に済むところだったっていうのに……。

 関堀せきぼりまやかから話題を逸らすためとはいえ、それはとんでもない悪手だ。まあ、まやかもあそこまでこの同い年に脅しをかけたんだから、彼女にも責任があるっちゃあ、あるんだけど。


 ともかく、パニックになった智恵に突然その矛先を向けられた貝島優かいじまゆうは、ぎょっとした顔で言ってくる。


「な……何言ってるんですか智恵!? それは今、関係のないことじゃないですか!?」

「いいじゃんもう! みんな卒業したんだし、この際だから全部言っちゃおうよ! ねえねえどうだったの優!? 滝田先輩のことどう思ってたの!?」

「あ、わたしもそれ、ちょっと興味あるわ」

「ちょっと!? まやかまで何言ってるんですか!?」


 まさかの友人の裏切りに、優は県大会予選のあのときばりに、ショックを受けた顔で悲鳴をあげた。

 なんていうか、あの馬鹿弟子の一世一代の大勝負が、このスイーツな女子会トークで出た発言と同じくらいの爆発力というのが、微妙にかわいそうではあるんだけど……。


 うん、でもまあ。

 結局のところは、根っこがつながっている話だからしょうがないのか。


 優が滝田先輩を好きだったのは、もうみんなにバレているし。

 そりゃそうだ、あんだけくっついて回ってたんだから当然だよね。で、それが元の生真面目さと相まって、あのよーな迷惑行為に及んだわけで……ああ、なんだろう。恋する乙女の暴走って怖いもんだねえ。


 まやかもある意味ではそうだったんだけど、相手が完全に部活からいなくなっちゃったから、まだ心の整理がつけやすかった。

 けど優の場合は、届きそうで届かなかったから、余計に変な方向に折れ曲がっていっちゃったんだよね。


 もちろんその辺りは、みんな多少は分かっているんだろう。

 なので、これは改めて本人から、どうだったのか聞いてみようという振りでもあるのだ。

 そう考えると、意外とこの流れはそこまで悪いものでもなくて、智恵の言う通り「この際だから全部言っちゃおう」ということなのかもしれない。


 なので、あたしが騒ぎを止めるのを中断して、生暖かい目でぎゃあぎゃあ言う優を見ていると――彼女は、「べっ、別に……私のことはどうでもいいじゃないですか!!」と叫んで、同い年たちの追求の手を振り払った。

 そしてなぜか、あたしの方をギッと睨んで――その手に抱えた爆弾を、思い切りこっちに投げつけてくる。


「だ、大体、広美はどうなんですか広美は!? 好きな人とか、いなかったんですか!? いたでしょう高校生活で一人や二人くらい! いましたよねえ、そりゃあいましたよねえ!?」

「え、あたしかよ」


 頬杖ついてコーヒー片手に同い年の恋バナを聞くつもりでいたら、どうしてか矛先がこっちに向いた。

 というか、いくら自分が逃げるためとはいえ、ターゲットをこっちに擦り付けないでほしいんだが……そう思っていると、智恵とまやかが案外ノリノリで言ってくる。


「あ、でも確かに、広美の好きなタイプって気になるかも」

「そうねえ。何だか普通の人とか相手にしなさそうだし」


 おいまやか、今何て言った。


 ていうかこいつら、もう普通にきゃあきゃあやりたいだけじゃねえか。

 まあ、高校生活を三年も一緒に過ごしてきたのに、一度もこういう話をしてこなかったあたしらだ。卒業式の日くらい、こんな風にはしゃぐのもアリなのかもしれない。

 もっとも、あたしに彼女たちに話すような、そんなキラキラした恋愛話なんてないんだけど――とため息をつくと。

 智恵が言う。


「そうだねえ。広美はなんか、ものすごい大人な人じゃないと合わなさそう。例えばそう、城山先生とか?」

「え」

『えっ?』


 不意打ちでその名前を出されて声を出したら、周りの人間がそれ以上に反応した。

 呆然とするあたしをよそに、同い年たちはテーブルの隅に集まって、ヒソヒソと話をし始める。


「え、城山先生って、今いくつ……?」

「本町先生の後輩だというお話ですから、三十代前半くらいでは……?」

「となると、確実に一回り以上年上よね……?」

『え……それって色々大丈夫……?』

「分かった分かった。話すからそんな、ドン引きした目でこっちを見ないでくれるか、あんたら」


 席の端っこから勢ぞろいでそんな顔をされたら、さすがにあたしだって傷つくよ?


「あー……あの人に関しちゃ、別にそういうつもりじゃないんだけどねえ……」


 決まり悪く頭をかきながら、さてどうしたものかと考える。

 といってもこの子たちが期待するような、そんな浮ついた感じでは、これは本当にないんだけどな――。

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