幕間2~今だから言えること
でもまあ、そんなことがあっても結局は立ち直ってしまうのが、この女なわけで。
「どうしたの広美。わたしの顔に何かついてる?」
かつてのことを思い出しながら
あれから、感情の一部を凍らせて行動するようになったこの同い年だけど。
今はその氷は解け、こうして元のように――いや、元に少し背筋の伸びるものを加えたような、品のある笑顔を浮かべるようになっている。
自分で自分を救った女、というのは伊達ではない。
何のかんの紆余曲折あったものの、彼女はあそこからさらに、自力でここまでたどり着いたのだ。
「ああ、うん……なんていうか、さ」
なのでまやかの問いかけに、あたしは少し言い淀んだ。
とどのつまりは、今の状況と一緒なのだ。
あたしは最後の最後まで、この同い年の言葉に明確な答えを返すことができなかった。
彼女の苦境を、黙って見守ることしかできず――そのまま何もできずに、卒業を迎えることになってしまった。
だから、せめて謝罪くらいはさせてほしいのだ。
いつもだったら、こういうとき煙に巻いて誤魔化すのがあたしだけど――今はそうするべきじゃない。
そう思って、あたしは慣れないながらも、本心を口にする。
「……あのときは、ごめん」
それだけ言うのが、精一杯だった。
あのとき、まやかに訊かれたことに対する答えを、未だにあたしは持っていない。
どうすればよかったのかなんて、それこそあたしが聞きたくて――ただ、ずっとずっと、謝りたかった。
彼女の力になってやれなかったことが申し訳なくて情けなくて、そうすることしかできなかった。
すると、それを聞いてまやかは、きょとんとした顔で言う。
「? 何か広美が、謝るようなことなんてあった?」
「え……」
心底不思議そうに言ってくる同い年に、今度こそあたしは絶句する。
いや、だってさ。
一年生のあのときから卒業式の今日まで、あたしは延々と後悔してきたんだよ。
負い目を感じていたと言ってもいい。けれど、それを何だ、この女は。
何かあったか、だって?
謝るようなことなんかあったか、だって?
おい、じゃああたしの思ってきたことは、一体何だったんだ。
ずーっとずーっと考えてきて、やっとのことで言えたこの気持ちは、マジで何だったんだ。
「何笑ってるの、広美? 変なの」
「ああ、そうだよ。あたしは変なんだよ」
まったく――それこそ、とんだ道化じゃないか。
そう思って、首を傾げるまやかにあたしは、泣きそうな顔で笑いながら、そう返した。
そう、それこそが関堀まやか。
自分で自分を救った女――自分の行く道を、自分で選択した女。
「人の未来はな、自分で選ぶものなんだよ」――そう言った、
他人にどうこうできる話じゃない。
初めから、あたしの出る幕なんてなかったんだ。
あたしが悩んでいたことなんて、しょせんその程度のものだったんだ――
「なんだよ、せっかく人が珍しく素直に、表舞台に立ったっていうのにさ……はーあ」
それを改めて自覚したら、皮肉とため息が同時に出てきた。
本当に、参っちゃうね。まやかと比べてあたし、小さくて弱くて、暗すぎる。
ずっと見ていたから分かるけど、この同い年は可憐な外見からは信じられないくらい、タフでストロングなのだ。
それこそ、フルートといった楽器そのもの。
そう、あの人も――
「……」
こう、在れればよかったのに――そんなことを、天を仰ぎながら考えていると。
「ねえねえ。今だから訊くけどさ、まやかって中島先輩のこと好きだったの?」
同席していた
これはいつもの、うっかり癖だ。どうあがいても爆死する未来しか見えなくて、慌ててあたしが止めようとすると――
今度はその横から、
「……そういえば、
おい優。やめろ。
人の心の機微が分からない癖を、今ここで出してくるんじゃない。そりゃあ確かに、あの馬鹿弟子と中島先輩は、似てる部分はあったけどさ。
優しいところとか、どこかで少し、自分を犠牲にしているところとか――それが部長になって、少し心配なところではあるんだけど。
実際のところ、まやかがあの子に妙にきつく当たっていたのは、その辺りのこともあったのだと思う。
自分を置いていなくなってしまった人を、どこかで思い出させる存在なんだ。自覚はなくても無意識に、当たり散らしたくなるところもあったろうよ。
しかも当時の中島先輩には、一応同じパート内に彼女がいたんだ。
それだって、あの人の性格を考えると、断り切れなくてなんとなく付き合っていたんじゃないかという気もして――って、ああ何だか本当に、あの馬鹿弟子と同じように思えてきたぞ!?
ともかく、そんな状況だったから一年生当時のまやかは、もし好意を持っていたとしてもそれを先輩に言えなかったはずで――
そして、今のまやかといえば。
「
黙れ、と言わんばかりの勢いで。
久しぶりの氷の女王モードで、全開の笑顔でそう言い放ってきた。
吹き付けられる極低温に、その場にいる全員が凍り付く。
その反応こそがもう、智恵の問いの答えのようなものではあったけれど――それを指摘できる人間は、この学年であっても誰一人として存在しない。
なので、さすがの言い出しっぺのうっかり女も、顔を引きつらせてお茶を濁してくる。
「そ……そうだよね! 中島先輩のが湊くんより、かっこよかったもんね! あははは!?」
「何気に、さらにうっかりが炸裂してるよ、智恵……」
小声であたしは突っ込むが、全員が聞こえないふりをした。
まあ、しょうがないか。
この女子会の平和のため、あの子には尊い犠牲になってもらおう。
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