過ぎ去りし日のこと
あたしが
コンクールが終わり。
学校祭に向けてやっていくことになった。
けど――そのタイミングで。
「……ねえ、広美。わたしは、どうすればいいのかしら」
中島先輩はいなくなって、まやかは一人になってしまった。
ふわりとして、透明で、そして今はそれに儚さを加えて――彼女はどこか焦点の合っていない瞳で、あたしに訊いてくる。
先輩がいなくなってしまうのは、分かっていた。
止められない流れなのも知っていた。だからそれなりに、覚悟もしていた。
けれど――それが、こんな形で関わってくるとは思っていなかった。
「どう……って」
だから、まやかの問いにあたしは、明確な答えを返すことができなかった。
だって、だよ。
あの人がいなくなるのを止められなかったのは、あたしだ。
あの人が部活を辞めた責任の一端は、間違いなくあたしにだってある。
それなのに、どの面下げてこの同い年に、「あなたはこうすればいい」なんて言えるっていうのさ。
まやかが先輩たちを好きなのは分かっていた。初心者で入って丁寧に教えてもらって、少しずつ上手くなっていって――その過程を同い年として、あたしは目にしてる。
だからこそ、そんな人たちが突然、自分を置いていなくなってしまうのはかなりのショックだったはずだ。
確かに、あたしはまやかに最初に会ったときに思ったよ。『自分が与えられてるものの価値も分からないまま、もっともっとって要求して、結局満たされないんだろうな』って。
けど、だからってそれが、今来ることないじゃないか。
分かってたって、見えていたって、こうなってしまったらもう、何もできない。
あたしの見ていた未来は、現実になってしまって。
けれど――だからといって、何も感じないわけじゃ、ないよ。
どうすればいいのかなんて、あたしが訊きたい。
そう思って、何も返せないでいると――まやかは、虚ろな目をしたまま、ぽつりと言う。
「……ああ。そうか。先輩みたいにがんばればいいんだわ」
その目の中にあるのは、真っ暗な闇そのもので。
それこそ、深淵の底から聞こえてくるような、
「先輩みたいに指を回して。先輩みたいに息を使って。先輩みたいに活舌をよくして。先輩みたいに綺麗に吹きましょう。だって、そうしないと先輩は喜んでくれないもの。みんなみんな――いなくなってしまうもの」
「まやか……」
しゃべっていく毎に、目の前にいる同い年の口調が変わっていくのが分かる。
彼女が一言一言を発する度、彼女の心が凍り付いていくのが分かる。
辛くて悲しいはずなのに、まやかはそうしていくうちに、少しずつ笑っていった。
まるで、いつも後輩に対してそうしていた――あの先輩と同じように、うっすらと微笑みを浮かべていた。
何も持たずに放り出された地で、ようやく目標物を見つけた遭難者のような。
途方に暮れていたところに、そこに歩いていけばいいと、希望を持ってしまった人間を――
誰がどうして、止められよう。
「そうね。そのためにはしゃべり方から変えましょう。身体の造りを変えましょう。動かし方を変えましょう。みんなみんな――変えてしまいましょう」
これが、関堀まやか。
自分で自分を救った女。
後に『静かなるタカ派』と呼ばれる彼女が――氷の女王となった瞬間だった。
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