音楽なき人生は誤謬である
説得が失敗に終わって、当たり前だけどあたしは落ち込んでいた。
「だから、それはきみのせいではないと言うに。きみが、人の不幸を背負い込む必要はないんだよ」
コンクールが近くなってきて盛り上がる音楽室とは対照的に、気分はどんよりと沈んだままだった。
何もしなければよかったんじゃないか。
もっと上手いやりようはあったんじゃないか――そんな風に考えてしまって、その場から一歩も踏み出せなくなってたんだ。
我ながら鬱陶しい考え方だと思うけれど、そのときのあたしは受けたショックが大きすぎて、そんな行動しか取れなかった。
だから、膝を抱えてうずくまりながら――あたしはもう確定してしまった人の未来を、ただ口にする。
「……中島先輩は、コンクールが終わったら、そのまま部活を辞めます」
光の中で。
その人の胸にだけ、ほのかな闇があるのが見える。
周りが金賞だ県代表だと、自分のやりたいことを目を輝かせて語る中で、その人だけ自分のやりたいことを押し込めて、何も言わずに笑っているのが見える。
気づかないのが罪、だなんて言うつもりはない。
むしろ罪に問われるのは、気づいていても何もできなかったあたしの方だ。分かっていれば陰惨な光景だけど、知らない人にとってはそれは何でもない、ただの日常に過ぎない。
泣かず叫ばず、ただ緩やかに死んでいくのを待つだけ。
それに手出しもできず、あたしが淀んだ眼差しを向けていると――網戸先輩は同じものを見ながらも、「辞めるだろうな」とごく軽い調子で言ってきた。
どうしてこの人は、そんなに冷静でいられるんだろう。不思議に思ってそちに顔を向けると、先輩はこちらを見ているはずなのに、どこか遠い目をして言ってくる。
「なあ、ヒロミン。きみのその目はどうしても、人より余計にものを捉えてしまうのだろうな。けれど、それをまともに見る必要はない。一歩引いて、位相をズラして。感情と事実を分けて、考えるんだ。そうしないと、きみの身が持たない」
「……」
持っても、持たなくても。
別にいいじゃないか――どこか投げやりにそう思うあたしに、網戸先輩は重ねて言う。
「見るなとも、関わるなとも言わない。それはきみの好きにすればいい。けれど見たものに呑み込まれてしまっては、そうしたことそのものに意味がなくなってしまう。
いいかい、これは最低限の防衛手段だ。
「……」
どうやら。
あたしは、慰められているらしい――先輩独自の回りくどい、けれども必死の言葉の羅列で、あたしはぼんやりとそれだけを察していた。
生きてていい、だってさ。
こんな顔して、今更どの面下げて生きてりゃいいんだろう。
何も分からないのに、その言葉をかけられただけで声を震わせて泣いてしまうような、あたしは。
これから――どうすればいいんだろう。
おかしくておかしくて、笑いも涙も止まらなくて、でもそうすることしかできないあたしは、膝を抱えてただ泣いた。
どうすることもできなかった自分が悔しくて泣いた。
こんなことになってもまだ生きようとしている自分が滑稽で泣いた。
そしてこんなあたしを、それでも肯定してくれることが嬉しくて――泣いた。
そうやって泣きじゃくるあたしの隣に座って、網戸先輩は言う。
「なあ高久。私はこの間言ったよな。『音楽なき人生は
これ以外の生き方を、私は知らない。だからこれしか教えてやれないのだが――吹き続けてくれ」
拙くても、怖がってもいい。
そうしている限り、きみは誰にも否定されないから、吹き続けてくれ――と。
何でもできるくせに何にもできない、そんな不器用な先輩は、あたしの隣でつぶやいた。
これはあたしがあの馬鹿弟子に施した、あの応急処置に通じるものがあると思う。
辛くて痛くて悲しくて、それを和らげるためにした、その場しのぎの延命処置。
いずれその添え木は、外さなきゃいけないものだけど――このときばかりは、そうも言ってられなくて。
「うん、そうだな。生きているのは辛いよな。何もしなくても困難は向こうからやってくるし、変な誤解を受けることだってある。それは、私も知っている」
だから、その後の網戸先輩の言葉を、どうか責めないでやってほしいと思う。
「だったら――生きていることが辛いなら。道化になってしまえばいいのさ」
サーカスで踊るピエロの化粧は、笑いながら泣いている。
おどけて、ふざけて――観客を飽きさせないようにしながら、舞台の上に立ち続けている。
あたしを一生懸命笑わせようとする網戸先輩は、その言動も相まってどこか道化のようだった。
だから、その日からあたしは。
この人と同じステージに居続けるため――泣きながら笑う、
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