思い出の欠片たち
中学最後のコンクールのことは、あまり覚えていない。
むしろ本番が終わった後、会場の外であったことの方がよく覚えている。
そのときの結果は銀賞で、ホールの外に集まった同い年たちは、みんな一様に涙を流していた。
曰く、あんなに練習したのに金賞を取れなくて悔しい、とか。先生を東関東大会に行かせてあげられなかった、とか。
そんな言葉を口にする部員たちを、あたしはどこか冷めた気持ちで眺めていた。
だってさ。
あの練習じゃ無理だよ。
本当に県代表になりたいんだったら、もっと効率よく練習しないと厳しい。
『やった感』だけで抜けられるほど、コンクールは甘くないさ。
先生の言う通りにがんばってやりました、これで大丈夫なはずです――なんて、そんな風にやってることに疑問も持たなくなったら、そいつの成長はそこで止まる。思考停止ってヤツだ。
けれど、だからってあたしみたいに疑問だらけで動けなくなるのも、それはそれでマズかったのかもしれない。
この未来は、間違っていた。
それを知っていて、でも止められなかったあたしは、どうすればよかったんだろう――そんなことを泣いている同い年たちの輪から、少し離れて考えていたとき。
そのうちの一人と、目が合った。
気が付けば同い年の中で、泣いていないのはあたしだけだった。みんなみんな、目を赤くして感情を露わにしていて。
だからこそ、あたしは目立った。
悪目立ち、した。
「広美はさ、何も感じないの?」
たぶん、八つ当たりだったのだと思う。
最後のコンクールで思ったような結果が出なくて、みんな泣いているのに、ただ一人だけが澄ました顔をしてるんだ。そりゃあ、そいつからしたらムカついただろうさ。
そして――その感情はこの状況で、周りにも伝播していったんだ。
「なんでみんな泣いてるのに、あんた泣かないの?」
「そうやって、いっつも自分は関係ないみたいな顔して、自分に責任がないとでも思ってんの?」
普段だったら、歯止めもきいたかもしれない。
けれど、これまでにかけた思いが――思考停止になるほど、追い込まれた気持ちが。
認められなかったのだから、誰かを悪者にしないと収まりがつかなかったんだよ。
そして大抵の場合、その対象は自分たちとは違う、輪の外にいる誰かだ。
つまり、あたし。
一人だけ状況に染まっていない、普段から妙に大人ぶった考え方をしている、けれど特に流れには干渉してこない、薄気味悪い存在。
異端も異端、スペシャルに異端だ――森の中に住む魔女って言われても、仕方ないくらいにね。
そして魔女の行く末は、決まっている。
吊るし上げだ。
真っ赤に染まった目が、あたしを取り囲む。ざわりざわりと、どうにもならなくなった感情を囁きながら、いくつもの視線があたしへ集まっていく。
傾いてきた日の中で、それは暗闇から、知らない何かに見つめられているようだった。
何を言っても無駄だと思ったから、何も言わなかった――そんな取り澄ましたこと、このときのあたしには一片も考えられなかったよ。
当たり前に、怖かった。
見知った顔が一斉に無表情でこっちを見てくるのに、ただの中学三年生が耐えられるはずがない。
だから反論なんかしなかった。したくてもできなかった。
次々とかけられる言葉に、あたしは恐怖で固まってしまっていて――どんな表情も浮かべられなくて。
それが、まずかったんだろう。
同い年の子のうちの一人が、あたしに向かってこう言った。
「こうなっても何も感じないとかさ、あんた病気なんじゃないの?」
♪♪♪
「……で。わたしにそれを話して、どうしようっていうの」
そこまで話すと、黒縁メガネのトランペット吹き――
もうここは、中学最後のコンクール会場じゃない。
その先の未来――高校生になったあたしが通う、学校の音楽室でのことだった。
あんなことがあったのに、やっぱり入ってしまった吹奏楽部。
そうするきっかけになった、高校初めての友達に――まあ、今は半眼で見られてるわけなんだけど。
「別に。なんか、コンクールが近くなってくると、やっぱ思い出しちゃってさ。言ってみたくなっただけ」
ジト目の同い年に、あたしは足をプラプラさせながらそう返した。本当に、ふっと思い出したから言ってみただけなんだ。特に深い意味はない。
よほどの事情がなければ、大抵の学校はコンクールには参加する。
それはここ、
幸いこの部は、そこそこちゃんとしてるけど、あたしの中学のときのような雰囲気は感じられない。
それは春日先輩とか室町先輩とか、まあ
人数がいないので、一年生のあたしたちも大会のメンバーには入っている。
ちなみに弓枝のトランペットの腕はなかなかのもので、こっちも先輩とは仲良くやっているらしい。
そんな、あの頃に比べると極楽のような環境ではあったけれど、それでもふとした拍子に嫌なことというのは、頭をよぎるものだ。
例えばそう――みんなが笑い合っているのを見ていると、つい後ろを振り返ってしまいたくなるような。
「……まあね。気にしてないって言えば嘘になるよ。あのときは言われた瞬間に、胸になんか、どすんときてさ。それが今でも、しこりになって残ってるというか」
そして問題なのは、あたしがそう言われたことに、納得してしまったということだった。
ああ――そうか。
あたしはものすごく冷たいやつで。
病気持ちで、吊るされるに相応しい魔女なのか――って。
思い当たる節がありすぎるだけに、違うとも言い切れないから困りものだ。
実際、予測できていたあの未来を変えられなかった、変えようともしなかったのはあたしだから、責任はある。
それを自覚しつつ――こうして弓枝にこのことを話すのは、許されたいからか、それとも心のどこかで納得がいっていないからか。
どっちにしても救えないなあ。
そう思っていると、弓枝は半眼のまま、ぷいと顔をそらして言ってくる。
「……別に。それこそどうでもいい話でしょう。だからといって、あなたの何が変わるわけでもない」
「……?」
「何を言われたからといって、やることが変わるわけじゃない。それはそれで、なるべくしてなった結果だった――ただ、それだけのことでしょう」
「……うん。うん?」
言われた内容にも驚いたけど、あれ、ひょっとしてと思って、あたしは首を傾げた。
いつになく強めな口調で言われたので、一瞬きょとんとしてしまったけど、普段の弓枝はもうちょっと何というかこう、静かにしゃべるのだ。
だからこそ、彼女がトランペット吹きということが最初は信じられなかったのだけれど――
これは、もしかして。
「……弓枝、怒ってくれてるの?」
「……別に」
「うん!? ちょっと今の顔もう一回見せてくんない弓枝!? 記念に一枚、写真でも撮っておきたかったんだけど!?」
「うるさい。やめなさい。広美はほんと、悪趣味がすぎる」
「そんなこと言ったってさー」
あの静を絵にかいたような女が、ここまで人の話で怒るなんて、この時は想像もしなかったんだよ。
だからあたしは、こいつにこのことを話す気になったのかもしれないけど――
はは、これはなかなか、どうして。
「嬉しかったんだからしょうがないじゃん。いやー、友達になった甲斐があるってもんだね。まさかあんたの、こんな反応が見られるとは」
「うるさい。やめろ。それ以上言ったら音楽用語辞典で殴る」
はしゃぐあたしに、弓枝はさらに顔を背けてそれだけを言う。
それでも笑い続けるあたしに、この後こいつは、本気で辞典を振り回してくることになるんだけど――
うん、ありがとう、弓枝。
このときちゃんと怒ってくれたこと、あたしは本当に嬉しかったんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます