ガール・ミーツ・ガールズ
あたしたちの出会いは、もちろん部活の見学のときだった。
音出しをしている先輩たちに、それを見て様々な反応をする新入生たち。
あたしも中学から吹奏楽部にいるから、何となくここには足を運んでしまったけれど――本当にこの部に入ってもいいのだろうか。
そんなことを考えながら一年生の時のあたし、高久広美は、ぼんやりと椅子に座っていた。
バスクラリネットは……いない。
ということは、入部したらあたしは即楽器を吹けるだろう。
それが果たしていいことなのか、悪いことなのか判断がつかない。
楽器を吹ければいいじゃない、と言う人もいるかもしれないけど、一人しかいないってことは、その分だけ責任を負うってことでもあるから。
この部活はどちらの比率が多いのか。
それを見極めようと、こうやってやってきたけど……。
「ふむ。まあまあ上手いですが、まだまだ練習が必要ですね。リズム練習……基礎打ち百回……」
何やら近くでぶつぶつ言う声が聞こえて、あたしの思考は中断された。
彼女の名前は
肩に届かないくらいの黒髪と、小柄な身体が相まって、高校生というより小学生に見える。
何かの間違いで迷い込んできたのかと思って、さっき声をかけちゃったよ。マジでタメだった。びびった。
ていうか考え方が大人ぶってるからこそ、逆に幼く見えるというか……。
こういう自分にも他人にも厳しい人間は、周りから、特に年下から反発されて手痛いしっぺ返しを食らうことになるんだ。
その近くには、彼女の他にも見学に来ている生徒がいる。
「わぁ。楽器ってきれいなのねぇ」
頭ん中お花畑の発言をしたのは、さっき貝島優と話したときにもいた、
ふわふわの茶色っぽい髪に、少し舌っ足らずのしゃべり方。どことなく世間知らずのお姫さまを連想させる。
こういうお嬢様育ちの女は、自分が与えられてる物の価値も分からないまま、もっともっとって要求し続ける羽目になるんだよね。
で、結局満たされない。哀れなもんだ。
他にも、その近くにちょっとぽっちゃりした女子生徒がいるけど――
「お腹空いたなー」
……こいつはまあ、どうでもいいか。
合奏の雰囲気はよさそうだけど、この馬鹿女どもと一緒にやらなくちゃいけないって、なんか苦労しそうだなあ……。
そんなことを考えて、あたしは入部するかしないかを迷っていた。
ああ、分かってるよ。
こんなこと言ってるあたし自身が、この中で一番のクソ女だってことは。
人の欠点ばっかり見えて。
なおかつ、だとしてもそれでもどうしようもない役立たずだってことは。
本当に、よく分かってるんだ――
「……ねえ」
「ぅわあ!?」
そこで、全く気配のなかった背後から不意に声をかけられて、驚きのあまりあたしは叫んだ。
急いで振り返れば、そこには黒縁メガネをかけた、何だか印象に残らない地味な顔立ちの女子生徒が一人いる。
教室で静かに本を読んでいそうなタイプというか。居そうで居ない感じのやつというか。
しかし、あたしに気配を悟らせないとはなかなかやる。忍者かこいつ?
まだちょっとドキドキしてる心臓を押さえていると、そいつはあたしに訊いてくる。
「あなた、何か楽器やってたの?」
「あ? ああ、あたしは中学のときは
「そう。経験者なんだ。わたしはトランペットやってた」
「トランペットぉ!?」
この、ザ・地味女が!?
吹奏楽の花形、トランペット吹きぃ!?
あまりの衝撃に叫び返すと、そこはその女子生徒も気にしているところだったのか、いじけたようブツブツつぶやき始める。
「……わたしだって。なんとか目立とうとしてる。自分でも分かってるけど、なんとかしようとしてるのに」
「あー、ごめんごめん。なんか」
ショックを受けているらしい彼女に、流石にあたしも申し訳なさを感じて謝ってみた。
この地味女は、どうも上手くいっていないようだけど。
それでも、現状をなんとかしようとあがいていることは確かなようだ。
……そういえば、この面子の中で、こいつだけは『先が読めない』な。
たまにいるんだ、あたしがはっきりと未来を観測できない人間が。
そういうやつは、いつも予想外のことをやらかして、あたしのことを驚かせてくれる。
未来が見えない。
他の可能性を持ってる――
それがあたしにとって、どれほどの救いになることか。
経験則で、楽器をやってるやつの中にはそういう人間が多いから、この部に入ろうとしたんだけど――
「……なるほど。あんたはこの中じゃあ、ちったあマシなようだ」
こういうのがいると分かれば少し安心なので、あたしはこいつと一緒にいることにした。
まあ、なんていうか……友達になろうと思った、っていうのかな、うん。
「あんた、名前は? あたしは高久広美」
「……
「ここ、入るの? あたしちょっと迷っててさ」
「……うん。入ろうと思ってる」
「そっか」
じゃあ、あたしも入ろうかな――なんて言っちゃったりして。
その後、あたしと弓枝は入部届を出して、晴れて吹奏楽部の部員になった。
これが、あたしたちの最初の出会いだったんだ。
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