第2話
次の日、私は彼の様子がおかしいことに気付いた。十五年以上の付き合いの中で、彼の異変を一目で見抜くくらいには彼のことを知り尽くしていた。バスケで伸び悩んでいた時も、熱で倒れそうになっていた時も、お母さんに怒られて落ち込んでいた時も、一番初めに気付いたのは私だった。これに関しては右に出る者は居ないと自負している。
そんな彼だが、今日はどうやら体調が悪いわけでも、悩んでいるわけでもないらしかった。彼は、何かを言い出せない様子だった。その証拠に、学校を発ってから今まで一切の会話が無い。沈黙が苦ではない関係だとはいえ、全く言葉を交わさない日なんて一度も無かったというのに、だ。彼はしきりに私の顔を窺っていて、とてももどかしい気持ちになる。
普段の彼は、思ったことはちゃんと言ってくれるし、曖昧な態度はあまり見せない。だから何か特別なことがあったのだろうと勝手に推測していた。
そうして気づけば、何も起きないまま私の家の前に辿り着く。本来なら、学校からの最短ルートを通れば先に家へ辿り尽くのは彼だ。しかし、いつも少しだけ遠回りして私を家まで送り届けてくれる。それは昔からずっと変わらなかった。
そして、未だに口を開こうとしない彼に私は言う。
「それじゃ、またね」
私から聞くような真似はしなかった。彼は彼なりに思うところがあるのだろう。それに、どうせ毎日一緒に下校するのだ。今日聞けなくても、明日か明後日、もしかしたら一ヶ月後になるかもしれないが、いずれ彼の口から聞けるはずだ。それならば私が急かすのではなく、彼の意思で伝えてくれるのを待ちたかった。
そう考えて玄関の扉に手を掛ける。すると、扉を開く寸前に彼が一歩近づいて、
「待ってくれ、あのさ……」
「ん?」
引き止められた私は、扉から手を離した。そして、彼の方へ向き直す。私は、彼の言葉を聞くために側へ寄る。
しかし、引き止めたはずの彼はまだ言葉に悩んでいるようだった。彼は明らかに挙動不審で、珍しく緊張していた。私はそれをどれだけでも待つつもりでいた。ここまで緊張しているということは、彼にとってそれほど重要なことなのだ。
彼は、恥ずかしそうに頭を掻きながらこう言った。
「最近色々考えてたことがあってさ……、それで、気付いたんだよ。――俺、お前のことが好きだったみたいだ」
「……え」
私は初めて、頭の中が真っ白になるという感覚を知った。それは何年も前から待ち焦がれていた言葉で、遂に彼から告白されたのだ。ここは喜ぶべきタイミングのはずだ。そのはずなのに、私はどうしたら良いか分からなくなっていた。
そうして立ち尽くしていると、「それじゃ」と気まずそうにする彼の姿が消えていく。私は呼び止める余裕もなく、そのまま暫くの間、立ち尽くしていた。
私はいまいち釈然としなかった。その原因は、彼の言い方によるものだとすぐに気付いた。「好きだったみたいだ」というのは、それがもう過ぎ去っている感情なのか、現在も継続されている感情なのか、分からなかったのだ。
その日の夜はなかなか寝付けなかった。頭の整理が追いついていなかったし、嫌な予感が頭を過っていた。それを振り払えば振り払おうとするほど思考は縺れて、解けなくなっていた。
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