第17話 みんな集まれ!融合!
50年以上にわたる過去の辛い、苦しい、悲しい出来事が日々、フラッシュバックとして、私を過去に引き込む。
どんなに忘れたくても、痛みを伴って過去に縛り付けられてきた。
それも、ついに終わりを告げようとしている。
診察日。
私は、ドクターOから注意を受けることを覚悟で話す。
「フラッシュバックが酷くて、診察日までの間、自宅で勝手に融合していたんです。」
すると、
「あぁ、ご自分で出来るんでしたら、いいですよ。どんどんやってください。」
あっさりした返事に拍子抜けする。
それからというものは、ドクターOに頼みたい融合と、私自身でも出来る融合を分け、それらを紙に書いては、融合していった。
内在性解離に至っては、300人以上の聡子が、解離していた。
300回以上のフラッシュバックの日々に相当。
過去の思い出したくない記憶が湧き出す。結構キツいものではあったが、それでも私のいままでの人生全てが、やっと、過去のものになっていくための必要な作業だ。
ついに過去に囚われた私から、解放されたのだ。
私の過去がどんなものだったかをドクターOは、さして気にならないようだったことが、救われた。
自分の口から話すのは、少し躊躇われた。
ドクターOは一貫して、聡子さんの病気が治れば良いです。との結論だった。
最終段階が近づいて来た。
最近、細かな解離は、回数も減ってきていた。
ただ、シコリのように私の心には、憎悪の塊があった。
私の父母のこと。離婚した家の親族一同のこと。元夫のこと。
これらについては、私自身がこの憎しみを忘れたくなく、過去のものにしたくないという気持ちが働き、頑なに融合を拒んでいた。
またドクターOに相談したものの一つに、私の中に、私とは違う存在があるようだと話した。
それは、男性に色目を使おうとする人物と意地悪な人物。
見ず知らずの男性にまで、愛想を振り撒こうとする、この色目を使う人物には、ヘドが出る。
また、意地悪な人物は、ある日私が、息子の彼女の分のお料理を、目の前でひっくり返してしまう。私自身は、驚き、慌てふためいているのに、陰に行った時、私のくちびるがニヤリと笑った。ニヤリと。ゾッとした。
その、ニヤリと笑った人物はだれなのか。
これは、私ではないと思った。霊ではないだろうか。
このように、自分では解決出来ずにいる問題が、まだまだあった。
ドクターOに頼るしかない。
それ以外では、治療を続けていく中で、今まで悪いことばかりの記憶だと思っていた人生が、最近は、普通の出来事や良い想い出も思い出すようになり、懐かしく感じるようになっていった。
また、40年余り続く頭痛から解放された。幾度も救急外来に運ばれ、薬コレクターのように薬漬けの毎日だったが、嘘のように痛みが減っている。
そうそう、あのドブネズミたちは、何処に行ったのだろう。いつの間にか消えていた。
頭の中は、とても静かになった。
そして何よりも、私たちが、ひとつに近づいてきていると感じる。
聡子自身も、昔のような、おどおどした気持ちが無くなり、ヨウコも、ヒステリックな感情がなくなり、互いに冷静な調和が取れた感じがすることから、ヨウコは、私の解離した人物だと感じていた。
ドクターOに、目下の問題を提示して、治療を仰いだ。
シコリのような、恨み辛みを忘れたくないことも話すが、ドクターOの手にかかると、それさえも大したことではないように、全てが浄化され、融合していくのだ。
治療も以前よりも、潜在意識にスムーズに進んでいけるようになっていた。
目の前に、若かりし頃の私が現われる。
何歳なのかが、スッと本能で分かる。
親の身勝手さに号泣する幼い私。
さらに、義理母に土下座をして、悔し涙を流す私。
虐めつくされ落胆し、家を出ると決め、涙を流す私。
痛みを伴って、私の瞳からぼろぼろと涙が溢れる。
そんな私をドクターOは、優しく諭してくださり、あっさりと私の分身達は、融合していった。
私の中のシコリは溶けていった。
許すことで、私自身が軽くなっていた。
あんなにこだわっていた怒りも、不思議と消えていた。
次に、霊と思われる人達への対応。霊を集めたところ、違う人達が出て来た。
交通事故で亡くなり、私に憑依していた女性と小さな女の子、これはすみこちゃんか?と、ペットの犬だった。
これらの人達は、光の世界に旅立っていった。
はてさて、では、あの嫌なふたりは、誰だろう?
ドクターOから、提案があった。
ヨウコさんは、本当に聡子さんの解離した人格なのだろうかと。
驚いた。
そうだと思っていたのだから。
ドクターOが、尋ねた。
「ヨウコさん、ヨウコさん、あなたは、聡子さんではないですね。
ヨウコさん、あなたはどうして、現われたのですか?」
ヨウコが答えた。
「聡子を助けたかった。」
えっ、ヨウコは、聡子じゃなかったの?
私が生み出した、理想の自分だと思っていたからだ。
ドクターOが言った。
「憑依霊は、良くないものです。光の世界に帰ってもらい、次の人生に進んでもらいましょう。」
私の中で、思考が止まる。
私の人生のほとんどを助けてくれたヨウコが憑依霊?
でも、ヨウコのためには、次の人生に進む時なのかもしれない。
あまり、深く考えている猶予もなかった。
ヨウコに、今までありがとうと伝えて、光の世界に送った。
心の準備をする余裕もなく、私の中から、ヨウコが居なくなってしまった。
ドクターOから、目を開けてと言われて、瞳を開くと、部屋の様子が違う。
キラキラと明るいのである。
それは、病院を出てからも同様だった。
街並みは、旧式のカラーテレビが、高画質ハイビジョンにでもなったように、世界は輝いていた。
目も心も喜んでいる。涙が出てくる。
世界は、こんなにも輝いていたのか。
喜び勇んで、山手線に乗り込む。
しかし、何故か、足が、手が震えていた。
急に現実が見えてきた。私は、グズな聡子だ。どうしよう。
そんなことを考えていたら、いつの間にか、山手線を一周して、元の駅だ。
これが聡子だ。グズで、不器用。
ヨウコは、こんなヘマしない。常に完璧を目指していた。
あー、遠い昔の私に戻ってしまったのかー。
そんな不安を感じながら、往路の倍の時間を要して、私は帰路に着いた。
それでも、二日、三日と時間が経つにつれて、精神に変化が訪れた。
グズなりに、この年齢まで、聡子自身も生きて来たのだ。
いつしか、年相応の事が出来るまでに、急成長をしていった。
と同時に、私が、霊かと思って気にかかっていた、男性に色目を使う人物と意地悪な人物が消えていた。
意識が、スッキリしている。
よし、居ない。
私自身、この人物達には、私の人格を無視した行動を取られたこともあり、嫌気がさしていたので、その存在が消えて、嬉しかった。
そこで思い返した。
この人物達は、もしかしたら、ヨウコの性格の一部だったのではと。
なんとも、悲しく感じる。
そのことから、これまでの人生を振り返った。
私自身には、その自覚も記憶もないが、もしかしたら、私が知らないところで、この人格達が現れていたとしたら、どうだろう。
義理の家族だった人達から、反感を持たれる様なことをしていたのかもしれない。
そう思うと、これまでの人生を被害者意識でいた自分に疑問が湧き、長い年月に想いを馳せては、寂しさが覆うのだった。
もっと、違う人生だったかもしれない。
いよいよ次回の診察が最後になるだろうとドクターOが言った。
ついに、基本人格と主人格の統合だ。
なんだか、落ち着かない。
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