第16話 いままでの私、その3
夫自慢の新居が完成した。
気を取り直し、ここから人生の再スタートと思っていた矢先…
義理父が、不慮の事故で突然亡くなった。
私は、亡くなった義理父が愛おしくて、葬儀の日までの数日間、髭を剃ったり、紅をさしてあげたり、付き添った。怖さなんか、微塵もなかった。
葬儀から日を追うごとに、義理父が私の盾になってくれていたことを思い知る。
義理母、義理兄弟からの仕打ちが日増しに露骨になっていく。
同調するように、夫も、そっちの味方になっていく。
しまいには、
「義理父が死んだのは、お前のせいだ。」
とまで、理不尽な事を言われる。
夫は、自分で抱えきれないことが起きると、決まって、
「お前のせいだからな。全てお前が責任を取れ。」
と言っていた。
私は、実家の母と同じ様に、馬鹿な夫のために、夫の手足となって、陰で全てのお膳立てをしてしまう体質らしい。
馬鹿旦那製造機二号が私だ。
そんなある日、夫が私を風呂に呼んだ。
湯船に浸かりながら、夫は恥ずかしそうに言った。
「他の女が抱きたい。玄人は飽きた。お前の友達の旦那を、お前が誘惑して、その奥さんと自分がH出来るようにしろ。」
「俺の趣味は、これからは、Hをすることにする。」
心が、闇に落ちそうになる。どこまで私を馬鹿にする気なのか?
その言葉に乗ったフリをする。
どこかで、私の方に気持ちを取り戻したいという願いもあった。
もちろん、私の友人は、私にとっては聖域である。そんなマネは、出来ない。
かわりに夫は、混浴で相手探しを始めた。
小さな露天風呂に、女ひとり。男たちがじわじわと集まって来る。
その様子を、夫は楽しむ。
だんだんエスカレートする要求に、耐えられなくなる。
口論となる。
夫が本性を出す。
「女なんて、穴さえあれば、ババアだって、なんだってかまわないんだよ。
お前の事なんか、好きでも何でもないから、Hのために、利用しようと思っていた。」
じりじりと精神が追い詰められていく。
私は、そんな夫でも、愛していたから今まで従ってきた。
愛していたのよ、あなた。。。
夫にとって平穏な日々は、あって当たり前だったのかと思う。一瞬で壊れてしまうなんてことを想像もしない甘ちゃん。
私はそれでも、子供達の前では、何事もないように振る舞っていた。
心は、グラグラと綱渡りをしていた。
ある朝、義理母のところに貸していたカゴを取りに行った。
普通に義理母と会話をして、私は職場に急いだ。
夕方、義理姉から電話がある。
私が、朝、実家からいつの間にか、カゴだけを持って行ったとの話。
?変だ。
義理姉に、今朝は、義理母と会って会話した事を伝えるが、事態は収集がつかないほど大ごとになっていた。
義理母に、挨拶をしないとは失礼極まりないとのことのようだ。
義理兄弟たちも騒ぎ立てる。
またしても、土下座をしに来いとの義理母からの命令だ。
あまりにも、馬鹿らしい話の内容だった。
私は、ここに嫁いでから、何度、土下座をした事だろう。
一度たりと、私に非はない。いつも理不尽なものだった。
夫に助けを求めようにも、妻より義理母の言葉を信じて、土下座してくるように命令される。
もう限界だった。私の居場所は無いなと思い、家を出ることを決める。
そんな時でさえ夫は、妻や子供達が家を出ることは承諾しても、義理母にだけは、その事実が悟られないようにしろと命令された。
そっと、学校の近くのアパートに身を寄せた。
別居から一年後、業を煮やす夫から、離婚の話をされた。
その時、夫が言った。
「全てお前のせいだからな。お前のせいで、俺は、世間の事を何にも知らない、何にも出来ない人間になった。」
と。
私は、もう関わり合いになるのは、よそうと思った。
三つ指をついて、
「お世話になりました。」
と、深々と涙ながらに挨拶した。
私の中での、愛した人へのけじめであった。
ソファに脚を組んだまま、見下ろす夫が居た。
そして友人誰一人にも、離婚した事も言わず、町から姿を消した。
高校の卒業式に、保護者として、いつもと変わらぬ姿を見せて、にこやかに挨拶を交わした。そして、子供の引っ越しにまぎれたものだった。
そのことで、子供達が、お盆や正月に帰省し、友人達に会う居場所を確保出来るようにしたかったからだ。
せめて、田舎での噂話から、子供達を守ることが出来ればと願い。
それから子供達の進学費用を捻出するために、知る人も居ない土地で、身体がガタガタになるまで働いた。
子供達には、親の都合で、自分の将来の夢を諦めさせたくなかった。
私の二の舞は、絶対にさせない。子供達には、自由に生きて欲しい。
朝から晩まで必死に働いた。全速力で走っているような気がするほど、歯を食いしばって手足を動かす。吐きそうになりながら。
独りの夜に涙し、後悔していないかと、自問自答しながら。
体内に電池があるとしたら、もう電池切れ、すれすれだったのだろう。
ついに、あの日、私は倒れた。
心と身体が分裂してしまったのだ。
………
ある時、、、
離婚した事に対し、
私のわがままだと。辛抱が足りないと、親元を離れて生活していた息子が怒った。
ずっと傍で私を見てきた娘は、こんな不幸な人間を見たことがないと、私のために泣いた。
申し訳ない。
何のために、私は、生きているのだろう。
私が成すべきことは、なんだろう。
もしも、神がいるのならば、その意味を知りたい。
無駄な抵抗かも知れない。
それでも、母親である私のところで、負のスパイラルを断ち切ると決めて生きてきた。
だから、精神が狂うこともなく、耐えて来ることが出来たと思う。
そう言えば、カウンセラーの方が、言っていたな。聡子さんは、強靭な精神の持ち主だと。そうでありたい。
子供達には、絶対に幸せになって欲しい。
それだけだ。
そして私も、穏やかな木漏れ日の中を、微笑みながら、ゆっくりと歩くような人生が今は夢である。
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