第15話 いままでの私、その2
その日は、息子の卒業式。
謝恩会での子供達の出し物の準備を手伝っていた。
突然の揺れ。
この世のモノではなかった。
これが、東日本大震災だ。
子供達の避難誘導を指示し、皆、無事に逃げ出すことが出来た。
通常では、有り得ないが、帰宅出来ないお子さんたちの送迎も買って出た。
先生たちとも、最終確認をし、帰宅する。
景色が一変していた。
近所の家が、見渡す限り無くなっている。目の前の山も無くなっている。山がなだれを起こしたかのように、全てを呑みこんでいた。
急いで自宅に向かう。
足元の地面がない、傾いて崩れかけた家があった。
中に入ることも出来ない。
傍らに、家族が居た。
互いに無事を喜び、崩れかけたマイホームに、いままでの感謝をする。
命が助かっただけで、感謝しかなかった。
ご近所の方々が、たくさん亡くなった。
悔しい、こんな恐怖は信じられない。
誰を恨むわけにもいかない。
着の身着のまま、車で10分ほどの夫の実家に行く。
我が家の惨状がウソのようだ。
義理の母が言う。
「家が崩れたと?だらしない。ウチなんか、神棚の飾りさえ落ちなかった。
しばらく置いてやるけど、何にも貸さないからね。自分たちで用意して。
ところで、聡子さん、味噌持ってきたのかい?」
「えっ?味噌ですか?」
味噌を持って来なかったことを馬鹿にされる。意味がわからない。
それから崩れかけたマイホームに戻り、土にまみれた布団を取り出し、着れそうな服をかき集めた。
余震がきたら、おしまいだ。
結婚当時から、義理母、義理兄弟たちからは、私を家族とは認めないような態度を取られてきた。離婚する最後まで、悪人を見るような態度だった。
大事な息子を取った女と。
私と張り合うためか、義理母は、私と同じシャンプー、化粧品、若者の洋服を購入するようになった。
馬鹿な夫が、何かしでかすたびに、裏で糸を引いているのは、聡子だと言われ、呼び出されては、土下座をさせられてきた。
それでも、私が謝ることで、事態が収まるのならばと、我慢した。
それでも、義理母からは、どんなに尽くしても、狂ったように怒鳴られる。
義理父母宅での居候生活でも、同様に、怒鳴られる。
そんな私を義理母から、唯一かばってくれたのが、義理父だった。
「聡子ちゃんをいじめるのは、やめろ!」
その義理父の言葉は、さらに義理母の心に火をつける。
筆舌に尽くしがたいほどのいじめを毎日受けた。
兄弟たちも、崩れた我が家のことを話題にさえすることもなかった。
ある日、夫が兄弟たちに言った。
「みんな気づかないようだけど、ウチ、全壊したんだよ。」
アホみたいな発言だが、全員、一瞬シーンとして、すぐに話題を変えられた。
そんな人たちだよ。
同じ町内に居ながら、一度も様子を見にきてくれることすらなかった。
夫は、異常なほどのマザコンだった。
私を守ってくれることはない。
私が、義理母にいじめられても、笑っている人だった。
実家に身を寄せてから、夫の顔が日ごとに幼くなる。
まるで、3歳児のような表情に、ゾッとする。
義理母のいじめが、子供達にまで及んできた。
私が仕事に行っている日中、子供達が部屋に居れば邪険にし、部屋に入って来ては、コンセントからTVやコタツのプラグを抜き、挙げ句の果てには、部屋のブレーカーを落とされた。
まだ、東北の春先は寒く、暗い。
子供達なりに、我慢していたと思う。
子供達は小さい頃から、顔も、名前さえ、まともに覚えてもらえないほど、邪険にされてきた。私が産んだ子だからか。
夫に、日中ブレーカーが落とされる事を話す。私が、烈火の如く怒鳴りつけられた。俺の親を馬鹿にしているのかと、嘘をつくなと。
もう限界と思い、仮設住宅に引越すことを決める。
実家にお世話になっている間の食料も、全て私が震災の最中に工面して調達した。仕事をしながらも三食用意し、掃除、洗濯と尽くした。
それでも、実家から出る時には、義理母から、法外な金額の光熱費を要求された。
一方、夫は、私達家族と離れても、実家で実母と暮らしたいと言う。
完全に3歳児だ。
私はひとり、車に荷物と子供達を乗せ、仮設住宅に引っ越す。
後日、夫が来る。
つかの間の仮設住宅での生活は、気持ちが良かった。
一番幸せだった時かもしれない。
狭く不便は多いが、私の中に、いままで感じたことのない感情が生まれていた。
家という物に、足首を縛られていた気がした。家を持たない私は、もう何処にでも飛んでいける気がした。
しかし、夫は、すぐに近場に家を求めた。
いつも、私は、蚊帳の外だ。
何かを決断するのは、義理父母だ。
夫は、操り人形のように、自分で判断を下した事がない。
夫婦や子供の問題でさえ、義理父母にお伺いを立てに行く。夫婦での話し合いは、責任の所在をあいまいにする。
五十過ぎても、親離れ出来ない男だ。
なので、私が違う土地に引越したいと申し出ても、聞く耳をもたれることもなかった。
それでも、私は、私の大事な家族を守ることだけを、考え続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます